時代の流れ、背景を知ることで、アート作品をもっと深く楽しめるように、西洋美術史に焦点を当てて解説する本シリーズ。
最終回である今回は戦後の西洋美術史、抽象表現主義からコンテンポラリーアートまでについて、紹介します。
抽象表現主義(1940年代〜1950年代)
それまでイタリアやフランスなどのヨーロッパが西洋アート界の中心となっていましたが、舞台がアメリカ・ニューヨークに移り変わった大きな転換期に盛んになった芸術運動が、抽象表現主義です。
1940年代といえば、まだ第二次世界大戦後間も無い時期で、それまでの美術の中心だったパリの街は悲惨な状況だったといいます。こうした戦争の影響もあり、その頃には芸術家たちがヨーロッパからアメリカに渡りました。
これまで振り返ってきた西洋美術史の流れの中では、前の時代の影響を大きく受けた美術様式が多くみられましたが、ヨーロッパ諸国に比べて歴史の浅いアメリカという新しい土地で、芸術家たちは斬新で自由なアート表現を試みたため、独創的なスタイルが生まれました。
1945年に雑誌「ザ・ニューヨーカー」の美術評論家であるロバート・コーツによって用いられたのがきっかけで抽象表現主義と呼ばれるようになり、5年後には美術界でもその呼び名が定着したそうです。
抽象表現主義は、保守的で抑圧された戦後のアメリカ社会を反映して生まれたスタイルで、巨大なキャンパスに大胆に感情を表現したアートのスタイルです。
ニューヨーク現代美術館(MoMa)など、世界の美術館でも作品が展示されている人気アーティストのジャクソン・ポロックが、抽象表現主義の中心人物で、巨大なキャンバスを地面に置き、絵の具を滴らせたり、筆を撒き散らしたりして、何度も線を重ねて描いた作品が印象的です。
ポップアート(1950年代〜1960年代)
1950年代半ばにイギリスで、1950年代後半にアメリカで誕生した前衛美術運動が、ポップアートです。抽象表現主義の流れとともにポップアートの流行も、芸術の中心がパリからニューヨークに移るきっかけになったと言われています。
西洋美術史の流れでお馴染みなように、ポップアートも少し前の時代に主流であった抽象表現主義に反発する形で広がり始めました。感情的な表現を用いた抽象表現主義に対し、ポップアートは実際に存在する対象物をモチーフにした表現です。第二次世界大戦後の1950年代、アメリカなどの先進国では大量生産、大量消費の時代を迎えます。テレビなどのメディアも力を持つようになり、テレビCMなどの影響を受けた大衆の暮らしぶりはめざましく変わっていきました。
当時の大衆の一般的な暮らしの中で日常的に目にする商品などを題材として、アートの1つの表現としたのが、ポップアートです。それまでの歴史の中で、モチーフにされたことがない大衆の生活に目を向けた表現がアートと称されることは、当時とても画期的なことでした。
しかし、当時のポップアーティストたちからのメッセージとしては、大量生産、大量消費が行われる資本経済への拒絶や失望を、皮肉的に表現しているとも言えます。
ポップアートの有名なアーティストとしては、アンディ・ウォーホル(以下、ウォーホル)やデイヴィッド・ホックニー(以下、ホックニー)は必ず知っておくべきでしょう。
ウォーホルの作品は、国民的な女優マリリン・モンローや大量生産された商品の1つであるキャンベルスープ感などを、シルクスクリーンプリントで大量生産し、当時の時代背景を表現しました。
ホックニーは、自身のロサンゼルスの邸宅やプールでの日常的なシーンを描いた作品が特に有名です。
また、アメリカにおいてポップアートを盛り上げるきっかけとなったアーティストとして、ジャスパー・ジョーンズも有名です。
大衆の誰もが共通して知っているアメリカの国旗を描いた作品は、抽象表現主義が主流であった当時のアートシーンをざわつかせました。
ミニマリズム(1950年代後半〜1960年代前半)
ミニマリズムは、アートだけでなく、建築、デザイン、音楽などの領域において、本質的なものだけに着目して無駄を削ぎ落とした表現の傾向のことを指します。
大量生産、大量消費の時代を皮肉的に表現し、当時の時代背景を映したポップアートとは真反対の動きとして、アートにおけるミニマリズムの作品からは、無機質で禁欲的、冷静な印象を受けます。
極限まで簡素化、抽象化した表現で、物質性に注目した「ミニマル・アート」は、そのスケールの大きさも特徴的です。
代表的なアーティストとしては、リチャード・セラ、フランク・ステラ、ドナルド・ジャッド、ロバート・モリスなどがあげられます。彼らの作品は、アップステートニューヨークにある、本工場だった建物をリノベーションし造られた現代アート美術館 Dia:Beacon(ディア・ビーコン)や、MoMa(ニューヨーク現代美術館)などで作品を鑑賞することができます。
産業素材を用いて、色、形、素材、空間にこだわって表現された立体作品などが象徴的です。
コンセプチュアルアート(1960年代後半〜1970年代)
コンセプチュアルアートとは、その名の通り、その概念自体をアートと定義づけようとした前衛的美術運動です。それまでの美術の常識であった、絵画や彫刻のようにアーティスト自らが制作していることを前提していないため、全く新しい考えで、目に見える作品やアーティストの美術的センス、美術よりもむしろその背景にあるメッセージ自体が作品と捉えられます。
以前注目すべきアジア系アーティストとして紹介したアイ・ウェイウェイのような、社会活動家として政治や社会に対して強いメッセージを発信するアーティストの作品こそがコンセプチュアルアートです。
まだコンセプチュアルアートが主流になる前に、遡ると1910年代のアーティスト、マルセル・デュシャンが便器に署名しただけでアート作品とした「泉」が、きっかけとして有名です。
現代アート美術館などで、作品がその空間にただ設置された状態であるインスタレーションを観たことがある方は多いのではないでしょうか。インスタレーションも、背景にあるメッセージを読み取りながら各自がその空間ごとアートを楽しむという点では、とても画期的で面白いコンセプチュアルアートの1つであると思います。
アーティストの技術面に依存しない作品のジャンルであるものの、オークションで億単位の落札額を記録する作品もあったり、有名ブランドとのコラボレーションをしていたりと資産的価値も高いアートの1つであると言えます。
コンテンポラリーアート(20世紀後半〜現在)
コンテンポラリーアートを直訳すると現代美術であり、現代において最先端の前衛的アートを創造するアーティストたちの作品のことを指します。現在進行形である現代という定義自体が曖昧であるため、具体的にいつからいつという区切りがはっきりとしているわけではありませんが、これまでの歴史の中で一般的だったように各時代で移り変わった美術様式やトレンドのような縛りからさらに解放されていることが特徴といえます。
コンセプチュアルアートのように、仕上がった作品自体の美しさやアーティストの技術の高さなどでなく、その背景に隠された概念自体に焦点を置いた作品は、コンテンポラリーアートの1種であり、作品を理解することが難しいと考える方も多いでしょう。
取っつきづらいと思われがちですが、まさに1つの答えがあるわけではなく、鑑賞者各自が自由な解釈を持ってアート作品を楽しむことができるのがコンテンポラリーアート作品の醍醐味です。
日本を代表するコンテンポラリーアーティストは、草間彌生や、奈良美智などが有名です。
まとめ
今回は、戦後の西洋美術史について振り返りました。
アートシーンの舞台が、パリからアメリカに移り、時代の流れとともにアートの形が急速に変化し、多様になっていったのが面白いですよね。
現代のアート作品は、鑑賞の際にアート作品の意図や背景を想像するのが難しく、敬遠していた方も多いかと思いますが、自由にイメージを膨らませて楽しむことができるのがその素晴らしさの1つだとわかると、現代アートはあらゆる人々にとっておすすめのジャンルかもしれません。
私自身、現代アートは好きなジャンルでしたが、今回西洋美術史についてイチから振り返ってみて、これまで行ったことのある美術館にももう一度行って、新しい気持ちでアート作品を鑑賞すると、これまでの倍以上楽しめるのではないかと期待しています。
近年では、投資対象としても注目され、オークションでも高額で落札されている現代のアート作品は、今後も注目しておいて損はないでしょう。