田名網敬一の経歴
田名網敬一(たなあみ けいいち)は、日本のアーティストであり、グラフィックデザイナー、イラストレーター、映画監督としても知られています。田名網の作品は、ポップアート、サイケデリックアート、アンダーグラウンドコミックの影響を受けており、鮮やかな色彩と複雑なデザインが特徴的です。
田名網は1936年、東京の服地問屋の長男として生まれ生まれました。幼少期から絵を描くことに興味を持ち、美術に対する情熱を持っていたようです。
1945年、9歳の時に東京大空襲を経験しており、この時脳裏に焼き付いた数々の光景が、田名網が後に描き出す作品の主要なモチーフを占めることになったと言われます。
「食べたい盛り、遊びたい盛りの幼少年期を、戦争という得体の知れない怪物に追い回されていた私の見る夢には、恐怖や不安、怒りや諦めなどが渦巻いていたに違いない。そういえば空襲の夜、禿山の上から逃げ惑う群衆を眺めていたことがある。だが、ふと私は思うことがある。あれは現実に起こったことなのだろうか。私の記憶では夢と現実がゴッチャになって、曖昧なまま記録されているのである。」
(田名網敬一)
中学生の頃には当時有名だった漫画家、原一司のアトリエに出入りし漫画家を目指すようになりますが、原の突然の死により絵物語作家の道を目指すようになり、その後多摩美術大学に進学して、グラフィックデザインを学びました。
大学卒業後、田名網は広告代理店(博報堂)に就職し、そこでグラフィックデザイナーとしてのキャリアをスタートさせました。その後、フリーランスのデザイナーとして独立し、自身のアート活動を本格化させました。
1960年代、田名網はグラフィックデザインの分野で徐々に頭角を現し、サイケデリックアートやアンダーグラウンドコミックの影響を受けた独自のスタイルを確立していきました。1967年に発表された「タマリンド」は田名網の初期の代表作となり、鮮やかな色彩と幻想的なモチーフで注目を集めました。
1967年にニューヨークを訪れた際にアンディ・ウォーホルの作品を初めて鑑賞したことで、より実験的な作品を手がけるようになったようです。
田名網は戦後の日本を象徴する芸術運動の1つであるネオ・ダダイズム・オルガナイザーズと行動を共にし、1960年代半ば以降には、当時アートとしては最も新しいメディアであった映像作品の制作にも没頭し始めます。
1970年代には、アニメーション映画や短編映画の制作にも取り組むことで、ビジュアルアートの分野をさらに広げました。1975年に発表された「少年少女」シリーズや、アニメーション映画「タマリンド」は、田名網の多才さと創造性を示す作品として評価されました。
1975年には、日本版「月刊プレイボーイ」の初代アートディレクターに就任します。
1980年代から1990年代にかけては、国内外での個展やグループ展に積極的に参加し、国際的な評価を確立しています。この時期に田名網の作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やサンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)など、著名な美術館にも収蔵されました。
また、1981年、田名網が45歳のとき、肺水腫を患い生死の境を彷徨った経験から、1980年代から1990年代、田名網は『生と死』をテーマにした作品を数多く残しています。
2000年代に入ると、田名網は様々な有名ブランドとのコラボレーションを通じてさらに広く認知されるようになりました。2020年にはユニクロとのコラボレーションを通じて、田名網のデザインがUTコレクションとしてTシャツに採用されました。2018年にはプラダとのコラボレーションが実現し、田名網のアートが施されたアイテムが発表されました。
昨今も、引き続き創作活動を続けながら、展覧会や講演会にも積極的に参加しているようです。田名網の作品は、常に新しい世代のアーティストやデザイナーに影響を与え続けています。80代後半になっても精力的に活動を続けており、その独自の視点と創造力は今もなお健在なようです。
田名網敬一のブランドとのコラボ
ヨウジ・ヤマモト × 田名網敬一
日本の代表的なデザイナーである山本耀司のブランド、ヨウジ・ヤマモトとのコラボでは、田名網の1960年代から1980年代の作品をセレクトして、デザインに組み込んでいます。
田名網の作品の持つポップでシュールな雰囲気を洋服に落とし込んだコレクションは、着るアートとして多くのファッション、アートファンから注目を集めました。
ユニクロ × 田名網敬一
田名網は2020年にユニクロとコラボレーションし、UTコレクションの一環として、デザインを提供しています。
このコラボの際のテーマは、『NEO MIYAGE UT』と称され、本格的なアートとして楽しんでほしいという想いを込めた『おみやげTシャツ』でした。
田名網を含む各アーティストが日本をインスピレーションとしたアートを個性豊かに表現し、Tシャツのデザインに落とし込みました。
プラダ × 田名網敬一
2023年11月から2024年1月29日まで、プラダ 青山の5階で、プラダ財団の企画による展覧会「PARAVENTI: KEIICHI TANAAMI – パラヴェンティ:田名網敬一」が開催されました。
美術史家・キュレーターのニコラス・カリナンがキュレーションを担ったこの展覧会では、『屏風』に注目し、田名網によって屏風の歴史や西洋での受容の形態、そして今日的な意味などを洞察しながら、アップデートした表現を用いた屏風作品「記憶は嘘をつく」も展示されました。
平面的なアメリカのコミックブックや日本のマンガの要素を多分に取り入れたようなコラージュが屏風に施されており、グラフィック・デザイナーとして日本の紙媒体を舞台に独自の表現を追求してきた田名網ならではの表現力を感じます。
マリークヮント × 田名網敬一
田名網は、イギリスのブランド、マリークヮント(MARY QUANT)ともコラボしています。
2003年に出版社からの依頼で、来日するツイッギーの絵を描いたら、それをたまたまデザイナーのマリー・クヮントが見たことがきっかけとなり、コラボが実現したのだといいます。
アディダス × 田名網敬一
2019年3月に発表された田名網とアディダスのコラボライン「adicolor by Tanaami」では、adidas Originalsの最も象徴的なモデルのひとつであるカリフォルニアTシャツや、4年ぶりに復活したファイヤーバードトラックスーツなど、アパレル全9点を展開しました。
田名網のユニークなキャラクターと人生経験から生み出されたデザインは、ファンからも注目されました。
田名網敬一の画集・書籍
「卵形」1963年
「卵形」は、田名網のキャリア初期の詩と写真とイラストレーションのコラボレーション作品集です。
現在田名網が知られているポップ・サイケ調のビジュアルとは異なるスタイルなので、驚く方も多いのではないでしょうか。
「田名網敬一・1979-1984」1984年
「田名網敬一・1979-1984」は1979年から1984年の田名網のキャリアを総括する一冊で、多くの代表作が収録されています。
「TANAAMI!! AKATSUKA!! / That’s All Right!!」
2023年
田名網敬一×赤塚不二夫のコラボレーションによる画集「TANAAMI!! AKATSUKA!! / That’s All Right!!」は、東京ADC賞および原弘賞を受賞しました。
赤塚不二夫作品とのコラボレーションを中心に、田名網敬一のイマジネーションが炸裂するカラフルな作品が、A3判の大型画集に収まっています。
カバーは開くと大判ポスターになる特殊仕様になっており、片観音折りと両観音折りのページを多用し、田名網敬一が作り出した新たな絵画世界の迫力と魔力を伝えています。
田名網敬一のグッズやポスター
田名網敬一のグッズやポスターは、オンラインで購入できるようです。
キーホルダーやポスターなど田名網の独特な世界観を詰め込んだグッズは多くのファンから注目を集めています。
まとめ
田名網敬一は、その独自のスタイルと多岐にわたる活動を通じて、日本のみならず世界中で評価されているアーティストです。
田名網の作品は、今後も多くのアーティストやデザイナーなどのクリエイティブに影響を与え続けることでしょう。
参考
Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%90%8D%E7%B6%B2%E6%95%AC%E4%B8%80
画像引用元:https://www.tokyoartbeat.com/en/events/-/2020%2FC0A7