アンリ・マティスは、20世紀のフランスを代表する画家として広く知られています。独自の色彩理論と表現手法により、マティスの作品は現在でも多くの人に愛されています。
晩年のマティスは、特に「切り絵」技法を発展させた作品を多く製作しました。この記事では、マティスの晩年に焦点を当て、「切り絵」技法の発展とその代表作、さらにその影響について紹介します。
マティスが「切り絵」を始めた理由
アンリ・マティスは1941年に手術を受けたことで、体力が大幅に低下して、筆を持つことが難しくなってしまいました。そんな中、新たな表現方法を模索してたどり着いたのが紙とハサミを用いた「切り絵」技法だったといいます。
この技法は、マティスがすでにそれまでに絵画や彫刻作品で確立していた色彩や形の探求を、まったく新しい方法で探求する手段となりました。
切り絵技法の始まりは、実験的でありながらも自然な移行だったようです。マティスは鮮やかに着色された紙からハサミで自由に形を切り出し、それらを組み合わせることで作品を創りました。切り絵により、マティスは筆を使わずとも自らが築き、貫いてきたスタイルの芸術を続けることができたのです。
マティスの切り絵技法による色彩と形態の探求は、抽象表現主義や現代アートの発展に大きな影響を及ぼし、後の多くのアーティストに影響を与えました。筆が持てなくなっても諦めず新たな方法を探して芸術の追求を続けたマティスは、色彩の持つ力とその表現方法についての後世の人々に新たな視点を与えた人物だと言えます。
マティスの切り絵技法
マティスの切り絵作品は、その鮮やかな色彩と自由なフォルム、シンプルさと創造性の高さが特徴的です。
マティスは助手に色紙を準備させ、自らの直感と経験を活かして形を切り抜き、それを助手とともに配置して作品を完成させました。
マティスの切り絵技法のプロセスは、以下のように行われたそうです。
- 色紙の準備: マティスの指示に基づいて、助手がガッシュを使って紙に色付けをします。この段階で、マティスの色彩理論に基づくカラーパレットが作られます。
- 切り抜き:乾燥した色紙をマティスがハサミで切り抜きます。マティスの直感と経験に基づき、形や大きさが自由に決められます。
- 配置と組み合わせ:切り抜かれたパーツを助手がマティスの指示に従ってキャンバスや壁に配置します。この段階で、マティスは配置のバランスや色の相互作用を細かく調整します。
- 最終調整:すべてのパーツが配置された後、マティスは全体の調和を確認し、必要に応じて微調整を行って最終的な構成を確定します。
このようにして、マティスは新たな創造プロセスを確立し、従来の絵画では表現できなかったダイナミックで鮮烈な作品を生み出しました。
また、助手との共同作業のプロセスも、マティスの作品に独自の魅力を与えているのかも知れません。
マティスの切り絵代表作
切り絵作品集「ジャズ」
1947年に出版されたマティスの作品集「ジャズ」は、切り絵技法を用いた20点の版画作品が収録されています。
「ジャズ」に収録されたサーカスやダンスといったテーマを表現した作品からは、マティスの独特の色彩感覚とダイナミックな構図が際立って、生き生きとした様子が感じられます。
また、全20点の作品とともにマティス自筆のコメントが記されています。
「ブルー・ヌード」シリーズ
「ブルー・ヌード」シリーズは、マティスの最も有名な切り絵作品の一つです。
このシリーズでは、青い色紙を用いて切り絵技法で女性のヌードを描き出しています。特にマティスが82歳のときに制作された「ブルー・ヌード IV」では、滑らかな曲線と対照的な色彩が調和し、女性の身体の美しさが抽象的に表現されています。
一見シンプルに見えるこの作品は、マティスの優れたデザイン感覚と色彩理論が見事に融合した結果だと言えます。
ヴァンスの礼拝堂「ドミニコ会修道院」1947年〜1951年
マティスの晩年の傑作の一つとして知られるのが、フランスのヴァンスにあるロザリオ礼拝堂「ドミニコ会修道院」の装飾です。
マティスはこの礼拝堂のために、ステンドグラスや壁画、礼拝堂の全体の設計に至るまで、多くの切り絵技法を用いて制作しました。特に、ステンドグラスに用いられた鮮やかな色彩と大胆な形状は、光と色の美しいハーモニーを作り出しています。
ドミニコ会修道院の装飾は、晩年に『切り絵』を新しい表現手段として採用したマティスの芸術の集大成ともいえる作品です。
マティスの切り絵は何がすごいのか
美術界からも高く評価され、多くのファンに愛されるマティスの切り絵は何がすごいのでしょうか。
まず、マティスが切り絵を始めたきっかけを知れば、逆境を乗り越えて創造力を発揮した彼の芸術への情熱の強さがわかるでしょう。
マティスは、それまでの作品で表現してきた鮮やかな色彩や自由な構成などを切り絵でも継続的に表現しましたが、切り絵技法によってマティスはさらに自由な形態表現を追求していきました。ハサミで切り抜くことで、独自の自由なフォルムを作り出すことができたので、マティスの切り絵作品は動きとリズムを感じさせるダイナミックなものとなっているのでしょう。
マティスの切り絵は、視覚的には『誰でもできそうに感じる』ほどシンプルでありながらも、その構図、色彩、形態が絶妙に調和し、見る者に強い印象を与えます。
また、マティスの切り絵作品は、紙の上だけにとどまらず大規模なインスタレーションにも発展したことが評価されています。ヴァンスのロザリオ礼拝堂の装飾はその一例で、切り絵技法を用いたステンドグラスや壁画が、空間全体を美しく彩っています。
まとめ
アンリ・マティスが晩年手がけた「切り絵」作品の技法は、彼の芸術に新たな可能性をもたらしました。絵画や彫刻作品から発展して切り絵技法によって生み出された作品は、マティスの特徴的なスタイルである鮮やかな色彩や自由な形態で、美術界に新たな風を吹き込みました。
アンリ・マティスの切り絵技法は、彼の芸術の一つの頂点であり、その独自性と革新性は今も高く評価されています。
参考
MoMA「Henri Matisse – the cut outs」https://www.moma.org/interactives/exhibitions/2014/matisse/the-cut-outs.html
画像引用:https://blog.artsper.com/en/a-closer-look/cut-outs-according-to-matisse/