ジャクソン・ポロック

Jackson Pollock
アーティスト紹介

DATA

ニックネーム
抽象表現主義
作者について
抽象表現主義の先駆者として知られる20世紀アメリカ美術を代表するアーティストの一人です。ドリッピング、スプラッシュ、オール・オーバーなどの技法を考案し、1947年から1951年にかけて大作を制作しました。

現在の値段

26,974,783円

『List of most expensive paintings(世界で最も高額な絵画リスト)』に選出される代表作の『Number 17A』(1948年)は2015年デ2億ドル(約220憶円)で売却されました。

スケッチは1000万円以上、ドリッピングの技法を使用した作品は30億円ほどで取引されています。

経歴

ジャクソン・ポロック(以下、ポロック)は、アメリカ・ワイオミング州のコディで生まれ、4人の兄弟とともにアリゾナとカリフォルニアで育ちました。ロサンゼルスのManual Arts High Schoolで美術教育を受けましたが、反抗的な性格のために退学処分になりました。1930年、18歳になったポロックは、兄のチャールズとともにニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに入学しました。

ポロックの絵画のイメージは、ナバホ族の砂絵、アジアの言語、ピカソなどの様々なものから生まれた。1930年代から1940年代初頭にかけて、フェデラル・アート・プロジェクトに参加したり、メキシコの革命的な壁画家と協力したりしながら、ポロックの作風は、抽象表現主義へと進化していきました。

抽象表現主義というのは、1940年代後半から50年代にかけてアメリカ、特にニューヨークを中心に隆盛した芸術様式です。抽象表現主義以降、芸術の発信地が従来のパリからニューヨークへとシフトしていきます。

1943年には、初の個展を開きました。その2年後ポロックはアーティストのリー・クラスナーと結婚し、ロングアイランドに移住しました。

その後ポロックはキャンバスを床に置き、絵の具のをキャンバスに垂らしたり飛ばす『ドリッピング』絵画を開発しました。この手法がポロックを成功させる一因となります。それまで絵画は筆で描くものとされていましたが、ポロックは今までの概念を覆しました。

アーティストとして有名になり成功をおさめましたが、ポロックは精神的な不安定さでアルコール依存症に悩まされました。1956年自動車事故で亡くなりました。

参考

BUSINESS INSIDER「約170億円のモディリアニの裸婦画も! これまでに売買された、世界で最も高額な絵画トップ15」

https://www.businessinsider.jp/post-167581

Artwords(アートワード)「抽象表現主義」

https://artscape.jp/artword/index.php/抽象表現主義
ABOUT ME
しおり岡
しおり岡
編集長/ライター。小学生の頃はエジプト文化、中学生では西洋美術、高校生は日本の歴史にハマり、大学在学中に仏像に恋をして、学芸員を取得。卒業後、大手人材会社で営業を経験。その後、飲食店の広報・デザイナーを経て、アメリカ・NYにて転職。コロナウイルスのため帰国し、現在は日本に滞在中。趣味は「美術館や遺跡を経験するための海外旅行」。今まで40カ国以上を旅行をし、世界の建築や文化、食事、アートに触れる。