戦争によって、多くの美術品がなくなってしまったことを知っていますか?
第二次世界大戦中に、アドルフ・ヒトラーによって率いられたナチス・ドイツが、占領下のヨーロッパの各地から貴重な美術品を大量に剥奪したのです。
これにより、3万点以上の美術品が、本来の所有者の手から離れてそのまま戦時中に焼失してしまったり、現在でも行方が分からなくなってしまっています。
この記事では、第二次世界大戦中に紛失されたり、破壊されたりした美術品のうち、特に有名な作品10点を紹介します。
ラファエロ「若い男の肖像」1513年〜1514年
ポーランドのアート界において第二次世界大戦中の最も大きな損失は、1513年から1514年にかけて制作されたラファエロの「若者の肖像」(Portrait of a Young Man)だと言えるでしょう。
ラファエロ・サンティは一般的には『ラファエロ』と呼ばれており、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとともに、盛期ルネサンスの三大巨匠といわれているイタリアの画家・建築家です。
本作は、1939年にナチス・ドイツのポーランド侵攻の際に、ヒトラーの総統博物館に展示するために、ポーランド南部の都市クラクフのチャルトリスキ家のコレクションから剥奪されたものです。
戦後、「若い男の肖像」は行方不明になってしまいました。数ヶ月ごとに発見されたという確証のない噂が流れ、最近ではスイス銀行の金庫で見つかったと言われているものの、実際は現在も所在不明のままだそうです。
また、本作がいったい誰の肖像画なのかは確認されていませんが、多くの学者はラファエロの自画像だと考えてきました。
フィンセント・ファン・ゴッホ「仕事に出かける画家」1888年
後期印象派運動の中心人物として、西洋美術史の中でも最も影響力のある芸術家の1人として知られているオランダの画家フィンセント・ファン・ゴッホの作品「仕事に出かける画家」(Painter on His Way to Work)も、第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって盗まれたことで知られています。
1888年2月にフランス南部のアルルに移ったゴッホは、その灼熱の太陽を浴びる土地で受けたインスピレーションを、作品に反映させました。
「仕事に出かける画家」には、コントラストの強い強烈な原色が用いられており、ゴッホが日本の浮世絵から学んだとされるはっきりとした輪郭線が印象的ですが、輪郭線を描くことは、当時の画家にとって一般的ではなかったそうです。
1888年の夏に、アルル北方のタラスコンへスケッチに出かけたゴッホは、その自身の姿をこの作品に描いたと言われています。
残念ながら、本作品は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって盗まれた後、ドイツのマグデブルクという町で戦火により焼失してしまったため、現在は印刷による複製品のみが残っています。
フィンセント・ファン・ゴッホ「医師ガシェの肖像」1890年
同じくフィンセント・ファン・ゴッホによる「医師ガシェの肖像」も、第二次世界大戦をきっかけに行方不明となった作品として知られています。
本作の原画は1937年にナチスによって盗まれた後、様々な人の手に渡って、ニューヨークにたどり着きます。
メトロポリタン美術館に寄託・展示されたのち、1990年5月にはクリスティーズのオークションで当時史上最高落札額の8250万ドル(当時のレートで約124億5000万円)にて、大昭和製紙名誉会長の齊藤了英によって落札されました。
しかし落札後、本作は一般公開されず、所有者である齊藤が1996年に亡くなった後も寄贈されることなく、そのまま所在不明となったようです。
鮮やかなオレンジ色のテーブルに肘をついて頭をもたれかけて寄りかかる、花を持った男性、ポール・ガシェ博士は、紺あるいは黒いコートと帽子を身にまとい、どことなく悲しそうな表情を浮かべています。
全体的に暗い色使いが印象的なこの作品は、テーブルのオレンジとのコントラストが鮮やかでありながらも、ポール・ガシェ博士の表情やその色使いによって、寂しげな空気を感じられます。
ギュスターヴ・クールベ「石割り人夫」1849年
ギュスターヴ・クールベは、19世紀のフランス絵画において、写実主義(レアリスム)運動を率いたことで知られる画家です。
クールベによって描かれた「石割り人夫」(The Stone Breakers)は、1849年に二人の農夫をモチーフに描かれた作品であり、クールベにとって最初の傑作であったと言われています。
モデルとなっている石を砕いて砂利に変えている若い農夫と年老いた農夫のツギハギでボロボロの服装や、その労働環境からは、その苦難や疲労感を感じ取ることができます。また、上流階級への嫌悪感などを訴えているようにも見えます。
第二次世界大戦中の1945年2月、ドレスデン近郊のケーニヒシュタイン城に絵を運んでいた輸送車が、連合国軍の爆撃を受けたため、本作は他の154枚の絵とともに破壊されてしまったそうです。
グスタフ・クリムト「哲学」1899〜1907年
色鮮やかに描かれた女性の裸体や官能的な姿と金箔や幾何学模様などの装飾が印象的な作品で知られるオーストリア・ウィーンの画家グスタフ・クリムトの作品「哲学」(Philosophy)も第二次世界大戦中に失われた作品の1つです。
「哲学」は、クリムトがウィーン大学から依頼されて製作した「哲学」「医学「法学」の絵画ですが、大学側からは、『ポルノだ、変態的だ』と非難されてしまい、最終的に大学に展示されずに報酬も返済するまでに至ってしまった作品です。
その後「哲学」「医学」「法学」は美術館や個人に売却されたものの、戦時中にナチスによって没収され、1945年にインメルドルフ城において焼失してしまったそうです。
これらの三点の作品には、後にクリムトの作品の特徴として散見される「エロティシズム」「狂気」また、クリムトのテーマと言える「生」「愛」「死」が表現されていることがわかり、現在は白黒写真でしかその姿を見ることができないことが大変残念に思われます。
グスタフ・クリムト「トゥルーデ・シュタイナーの肖像」1900年
同じくグスタフ・クリムトの作品「トゥルーデ・シュタイナーの肖像」(Portrait of Trude Steiner)も、現在行方不明になっている作品です。
本作品は、オーストリア・ウィーンのアートコレクター、ジェニー・シュタイナーの娘で当時13歳だったトゥルーデ・シュタイナーの肖像画で、クリムトがウィーンで有名になる前の初期の作品です。
ジェニー・シュタイナーは、クリムトの最も重要なパトロンであったセレーネ・レデラーの妹で、ロスチャイルド家のようにに当時ウィーンで最も裕福な一族だったと言われています。
そのため、この肖像画は注文絵画として制作されましたが、残念ながらその完成は、トゥルーデ・シュタイナーの死後となってしまったそうです。
1938年に、戦争によりシュタイナーがオーストリアから逃亡した後に、本作品はナチスによって持ち去られ、その後1941年にオークションで見知らぬ人物に売却されたといいます。それ以来、この作品の行方は知られていないのだそうです。
レンブラント・ファン・レイン「タイタスの天使」1650年代ごろ
レンブラント・ファン・レインは「光の画家」と呼ばれるバロック期を代表する画家の一人で、17世紀のオランダ絵画黄金期に活躍しました。
光と陰の明暗を強調した技法は、実際に描くものに光が当たっているかのように見えます。
レンブラントは、晩年になると聖書をテーマにした作品を多く製作するようになります。「タイタスの天使」(An Angel with Titus)もその頃に完成したものと思われます。
本作品はフランスの田舎にあるシャトーにて保管されていましたが、1943年にナチスのフランス侵攻の際に、300点以上の美術品とともにナチスによって取り上げられてしまい、その後行方不明となってしまったようです。
カナレット「サンタ・マルゲリータ広場」
ベネチアを描いた風景画で知られるイタリアの画家、カナレットによる風景画「サンタ・マルゲリータ広場」(Piazza Santa Margherita)は、イタリア・ベネチアのサンタ・マルゲリータ広場の様子を描いた作品です。
オランダのユダヤ人美術商ジャック・グードスティッカーの個人コレクションの1つであった本作品も、グードスティッカーが1940年にナチスから逃れようとして乗船中に転落して首を折ってしまうという事故にあったため、ほかの1,100点以上の絵画とともにナチスによって略奪されてしまいました。
その後、一部の美術品はグードシュティッカー家の相続人に返還されたり、代金が支払われたりしたそうですが、「サンタ・マルゲリータ広場」の行方は知られていないようです。
エドガー・ドガ「5人の踊る女たち(バレリーナ)」
「5人の踊る女たち」(Five Dancing Women)は、フランスの印象派の画家として知られるエドガー・ドガが最も得意とするテーマである踊り子を描いたパステル画で、五人のバレリーナが描かれています。
この作品は2,500点以上の美術品を所有していた、ヨーロッパ有数の美術コレクターであるモル・リポット・ヘルツォーク男爵のコレクションの一部でした。これらのコレクションは、男爵の死後、その妻、そして彼の三人の子供の手に渡ります。
1944年、ナチス・ドイツがユダヤ人の美術品を没収し、彼らを収容所に送り込み始めた頃、ヘルツォーク一家も工場の地下で隠れ、美術品を保存しようとしてものの結局見つかってしまったといいます。
戦後、ヘルツォーク・コレクションはハンガリー国内の様々な美術館に展示されるようになりました。遺族は美術品を取り戻そうと訴訟を起こしているものの、進展はないそうです。
エドガー・ドガの「5人の踊る女たち」に関しても、戦後その行方がわからなくなってしまったようです。
カミーユ・ピサロ「黄昏のモンマルトル大通り」
デンマーク系フランス人の画家カミーユ・ピサロは、印象派やポスト印象派の運動に参加し、フランスの田園風景や街の生活の様子など屋外の風景画で知られています。
ピサロはモンマルトル大通りを題材にして、季節や時間帯を変え何枚もの絵を描いていますが、「黄昏のモンマルトル大通り」(The Boulevard Montmartre at Twilight)はその名の通り黄昏時の様子を表現したもので、夕陽に照らされた木々や街の様子が黄色っぽい色彩で美しく描かれています。
第二次世界大戦中にナチスによって略奪されてしまった本作は、1941年にスイスの画商を通じて売却され、戦後その行方はわからなくなっているようです。
まとめ
悲しいことに、数々の名作が、第二次世界大戦中にナチスによって略奪され、その後行方不明になったり、戦火によって消失してしまったのです。
現在、私たちが美術館などで実際に目にすることのできる過去の巨匠が製作したアート作品は、とても貴重なものだという事実を突きつけられました。
このように事故や事件によって無くなってしまうリスクがあるということも含め、元来のアート作品の希少性の価値の高さを再認識しました。
参考
Daily Art「10 Most Important Masterpieces Lost During World War II」 https://www.dailyartmagazine.com/10-important-masterpieces-lost-ii-world-war/
History Collection「10 Pieces of Art Stolen by the Nazis that are Still Missing Today 」https://historycollection.com/10-pieces-art-stolen-nazis-still-missing-today/4/