ロイ・リキテンスタインの経歴
抽象表現主義の技術や概念を批判し、大衆文化から得たイメージと技術を用いた芸術運動、ポップ・アートの創設者でその第一人者である画家として知られるロイ・フォックス・リキテンスタイン(以下、リキテンスタイン)は、1923年10月27日にアメリカのニューヨークに生まれました。
1940年の夏、ニューヨークのアート・スチューデント・リーグで画家レジナルド・マーシュに師事し、絵画と模型によるデッサンを学んだリキテンスタインは、1940年にオハイオ州立大学美術学部に入学します。
途中第二次世界大戦中の兵役期間を経た後、卒業後も大学に残って1949年から1951年まで教鞭をとり、1949年に同大学で修士号を取得しました。
1950年代には、創作活動の傍らニューヨーク州立大学オスウェゴ校や、ニュージャージー州ニューブランズウィックのラトガース大学ダグラス・カレッジでの大学講師を務めたり、製図工として働いたりしながら生計を立てていたそうです。
画家として活動し始めた当初のリキテンスタインは、アメリカ西部をテーマにした様々な現代美術のスタイルで絵を描いており、1957年には抽象表現主義風の絵を描いていたものの、後にこのスタイルに反感を持つようになります。
リキテンスタインの最もアイコニックなスタイルとして有名なアメリカンコミックテイストの絵に興味を持ったのは、1960年に自身の子供達のために描いたディズニーのミッキー・マウスとドナルド・ダックのイラストがきっかけだったと言われています。
1960年代からロマンス、戦争、SFなど様々なジャンルの有名なコミック・ストリップ(大衆漫画)の人物を引用して大きなキャンバスにファインアートのフォーマットで表現し、ベンデースクリーニング(彫刻家が使う点描画)を模した技法を用いた作品を製作するようになりました。
ニューヨークで1962年に開催されたリキテンスタインの個展が商業的に大成功したことをきっかけとして、彼の革新的な作品は世界的に有名になります。
その結果、1966年にはアメリカ人として初めてイギリス・ロンドンのテート・ギャラリーでの展覧会を開催しました。
リキテンスタインの代表的なスタイルのコミック・ストリップなどを題材としたポップ・ペインティングは、主に1961年から1965年に制作されました。
コミックなど既存のグラフィックを題材にした作品で有名になったリキテンスタインは、美術評論家などから『アメリカで最悪のアーティスト』として痛烈な批判を受けたこともありました。
しかし、彼が発表する作品がオリジナルの作品に近ければ近いほど、風刺的な意図を読み取ることができるとリキテンスタインは反論したと言われています。
1964年以降は、彫刻の作品も製作するようになったリキテンスタインは、絵画作品と同じようにグラフィックなモチーフを立体作品ながらも平面的に表現しました。
1960年代後半には、自身を有名にしたコミック・ストリップの絵画シリーズを描くことをやめたリキテンスタインは、映画制作などを経て、パブロ・ピカソ、アンリ・マティス、フェルナン・レジェ、サルバドール・ダリなどの巨匠たちに影響を受けた作品を製作するようになります。
1969年に「鏡」のシリーズを、1970年にはエンタブラチャを題材にした作品を制作し始めました。
1970年代後半には、「パウ・ワウ」のようなシュルレアリスム風の絵画作品、彫刻やウールタペストリーなどの多岐に渡る表現でアメリカの先住民をテーマにした作品を製作しました。
1997年9月29日にニューヨーク大学医療センターで肺炎による合併症で亡くなるまで、積極的に芸術活動に取り組んだ、リキテンスタインの作品は、現在でも世界中の有名美術館で展示されています。
ロイ・リキテンスタインの代表作品
「Look Mickey」1961年
1960年に出版された子供向けの本「ドナルドダック:ロスト・アンド・ファウンド」のシーンとスタイルを引用したような「Look Mickey」は1961年に制作されました。
ディズニーの人気キャラクターのドナルド・ダックとミッキー・マウスが埠頭で釣りをしている様子が描かれており、ドナルドは魚を釣ったつもりが、実は自分の尻尾を引っかけてしまっていることがわかります。
『大きな獲物が引っかかった!』と喜ぶ間抜けなドナルド、背後に立つミッキーが笑いをこらえている様子を描いており、皮肉を感じます。
「Masterpiece」1962年
1962年に制作された「Masterpiece」は、キャンバスを見つめる男女を描いています。
女性が見ているキャンバスに描かれた作品が『ニューヨーク中が興奮するような傑作』だとコメントしており、これは多くの美術評論家からの批評を受けながらも世界的にその名を広めたリキテンスタイン自身を言及するかのようにやや皮肉っぽさを感じられます。
吹き出しによる女性の言葉でわかるように、絵の中の男性の名前はブラッド。この名前はリキテンスタインの絵のいくつかに登場しています。
リキテンスタインは、『陳腐でありながら英雄的な響きを持っている』という理由からブラッドという名前を用いていると語っていたそうです。
「Crying Girl」(1963年)
リキテンスタインは、1960年代のアメリカにおいてまだ女性が社会的に優位性が欠けていたことを批判する意図を込めて、コミック「シークレットハート」の中で涙を見せる女性を描いたといいます。
描かれている外見の美しい女性は一見順風満帆なように見えるが、感情が爆発し泣いている様子を描くことによって、支配的な男性との恋愛関係にある女性の姿や完璧さの背後にある葛藤を浮き彫りにしました。
太い輪郭線や、黒・黄色・赤などのヴィヴィッドな色彩が印象的です。
「Whaam!」1963年
1963年に制作された「Whaam!」は、コミック・ストリップを題材としたイメージを引き継ぎながら、1962年から1964年にかけて制作された戦争をテーマにした作品群の一部として有名な作品です。
「Whaam!」は2枚組の絵画作品で、いくつかのコミックのコマからインスピレーションを得ており、左のコマで戦闘機が右のコマで敵機に向かってロケットを発射し、赤と黄色の劇的な爆発で崩壊している様子が描かれています。
右のコマには 『WHAAM!』の文字が、左のコマには黄色い枠に黒い文字で書かれたキャプションがあり、重いテーマをカートゥーン調で表現していることが強調されています。
1963年にニューヨークのレオ・カステリ画廊で展示された後、1966年にイギリス・ロンドンのテート・ギャラリーが購入し、現在もテート・ギャラリーに所蔵品されています。
ロイ・リキテンスタインの作品の元ネタ
リキテンスタインの作品は、しばしばその作風から『コピーキャット』と美術評論家からその独創性について批判されることもあったようです。
リキテンスタインは、風刺的な意図を持ち、大衆文化(漫画)を用いたアート作品を製作していたためこれに反論しており、『元ネタ』とさっる漫画家などのクレジットを表記するなどはほとんどなかったといいます。
リキテンスタインの作品の元ネタと言われている作品としては、ジャック・カービー、DCコミックのラス・ヒース、トニー・アブルッツォ、アーヴ・ノヴィック、ジェリー・グランデネッティといった漫画家たちの作品があげられます。
ロイ・リキテンスタインの作品を鑑賞できる美術館
日本国内
- 東京富士美術館:「戦うネイティブ・アメリカン」
- 東京都現代美術館:「ヘア・リボンの少女」
海外
- ニューヨーク近代美術館(アメリカ):「ボールを持つ少女」
- ホイットニー美術館(アメリカ):「窓辺の少女」「少女」
- グッゲンハイム美術館(アメリカ):「イン」「グルルルルルルルルルルル!!」
- テート・モダン(イギリス):「ワーム!」
- ルートヴィヒ美術館(ドイツ):「タッカ・タッカ」「狂気の科学者」「たぶんね」「船上の少女」
ロイ・リキテンスタインとユニクロUTのコラボ商品
ユニクロが様々なブランド、アニメ、アーティストなどとコラボレーションしてTシャツを中心とした衣料品を展開しているプロジェクト、ユニクロUTでは、ロイ・リキテンスタインとのコラボレーション商品も人気を集めました。
2021年4月にポップアートの先駆者であるロイ・リキテンスタインとのコラボ商品として、彼の有名な作品のグラフィックをプリントしたTシャツ、エコバッグが販売されました。
まとめ
アンディ・ウォーホルと合わせて有名なポップアート界の第一人者、ロイ・リキテンスタイン。
コミックの世界から新たなアート・ムーブメントを引き起こしたリキテンスタインの作品は、誰もが一度は目にしたことがあったのではないでしょうか。
一般的に芸術作品とは、鑑賞者の想像力に解釈を委ねたり、隠された意図やメッセージを読み取らせたりすることを前提して、問いを投げかけますが、これは実は歴史の中で積み重ねられてきたステレオタイプを利用しているとも言えるのです。
このような一般的な思い込み、ステレオタイプのフィルターを通じた解釈を鑑賞者にしてもらうのではなく、リキテンスタインの作品は、漫画調に吹き出しや擬音でストレートにメッセージが伝わってきます。
それらのメッセージは時代背景を反映した社会批判などの風刺や皮肉が込められており、そういった概念が芸術として評価されて現在でも人気を集めているのではないかと思います。
当時の芸術運動の歴史的な流れを知りたい方は、こちらの記事も読んで見てくださいね。
参考
Britannica「Roy Lichtenstein」https://www.britannica.com/biography/Roy-Lichtenstein
Guy Hepner「Roy Lichtenstein’s Crying Girl」https://www.guyhepner.com/roy-lichtensteins-crying-girl/
ROY LICHTENSTEIN FOUNDATION https://lichtensteinfoundation.org/
気になるアート「リキテンスタイン 絵画作品と所蔵美術館」http://kininaruart.com/artist/world/lichtenstein.html
ELLE「5分でロイ・リキテンスタインを語れる5つのプロファイル」https://www.elle.com/jp/culture/a238018/cfe-ny-art-roy-lichtenstein170804/
Artsy「Roy Lichtenstein Auction Results」https://www.artsy.net/artist/roy-lichtenstein/auction-results