【ブレック・ル・ラット】バンクシーにも影響を与えたストリートアートの先駆者の代表作品や落札価格など

Blek le Rat
アーティスト紹介

DATA

ニックネーム
ステンシル・グラフィティの父
作者について
ストリート・アート界のパイオニア的存在として「ステンシル・グラフィティの父」と呼ばれるブレック・ル・ラットは、バンクシーの20年前にパリでステンシルによるグラフィティ制作を始めたアーティストです。 パリ以外にもニューヨークやメルボルンなどストリートアートが人気のある世界的な都市で活躍し、展示会などにも時折参加しています。ネズミやホームレス、世界的名画のレプリカなどがよく見られるモチーフです。

現在の値段

約4,399,950円(直近36ヶ月間の平均落札価格)

2020「Man Who Walks through Walls」約¥7,644,473(クリスティーズ)
2021「Untitled」約¥3,014,405(Artcurial)
2022「Getting through the wall」約¥5,896,519(クリスティーズ)

プリント作品の中には、10万円台で落札されている作品もありますが、直近36ヶ月間の平均落札価格は約430万円と高額になっています。
ブレック・ル・ラット落札価格

ブレック・ル・ラットの経歴

パリで最初のグラフィティ・アーティストの一人であり「ステンシル・グラフィティの父(Father of stencil graffiti)」と評されるBlek le Rat(ブレック・ル・ラット)は、1951年11月15日にフランス・パリ西郊のブローニュ=ビヤンクールに生まれました。本名はザビエル・プルー(Xavier Prou)です。

ネズミをモチーフに多く用いたストリート・グラフィティ・アートといえば、現在ではバンクシーが圧倒的に知名度が高いですが、ブレック・ル・ラットは、実はバンクシーが始める以前から、ストリートアートにステンシルの手法を取り入れたり、ネズミをモチーフとしたグラフィティを描き始めた人物です。

ブレック・ル・ラットは、1971年にニューヨークを訪れた際に、初期のグラフィティ・アートに影響を受けたそうです。パリとニューヨーク、2つの都市の建築の違いから、パリにより適切なスタイルを選び、ステンシルでのグラフィティを描くようになりました。

他には、1980年代に巨大な人物像を描いたカナダのアーティスト、リチャード・ハンブルトンの影響を受けていることも認めています。

ブレック・ル・ラットは、1981年からパリの街中にネズミのステンシルアートを描き始めるようになりました。

ネズミは、『シティで唯一、自由な動物』『ストリートアートのようにペストをいたるところに広げる』という理由から、好んでそのグラフィティのモチーフに選んでいるのだそうです。

「ステンシル・グラフィティの父」と呼ばれるブレック・ル・ラットは、警察に見つからずに素早く描くことを目的として、ストリートアートにステンシルの手法を取り入れるようになったのだといいます。

1985年に、フランスのボンディでグラフィティやアーバン・アート運動ともに発生した初のグラフィティ集団「VLP」に参加します。ブレック・ル・ラットのほかのメンバーには、ジェフ・アエロソル、フューチュラ2000、ミス・チック、SP38など国内外のグラフィティ・アーティストたちが参加していました。

ブレック・ル・ラットは、1991年にカラヴァッジョの「ロレッタの聖母」のレプリカのストリート・アートを制作し、のちの妻となるシビルに捧げました。これが現存する彼の最古のストリート・アート作品だと言われており、2012年にドイツのライプツィヒにある家の壁に貼られたポスターの後ろに、再発見されました。

1991年、カラヴァッジョの「聖母子像」のレプリカにステンシルを施していたところを逮捕され、フランス当局がこれらのグラフィティがブレック・ル・ラットの作品であることを特定した。

これ以来、ブレック・ル・ラットは壁に貼る速さと、万が一バレたときの罰の軽さを理由に、プレステンシルポスターのみで活動するようになりました。

2003年10月、ロンドンのレオナルド・ストリート・ギャラリで、イギリス初の個展を開催し、2008年には、ロンドンのウォータールーで行われた野外ストリート・ステンシル・ペインティングのイベント「Cans Festival(カンズ・フェスティバル)」にも参加しています。

同年、ロサンゼルスのサブリミナル・プロジェクツ・ギャラリーでアメリカでのギャラリーデビューを果たしており、ブレック・ル・ラットの絵画、シルクスクリーン、立体作品に加え、妻のシビル・プルーによる写真も展示されました。

また、2009年12月には、オーストラリアのストリート・アートの中心地、メルボルンのメトロギャラリーで展覧会を開催しました。展覧会「空は青く、人生は美しい(Le Ciel Est Bleu, La Vie Est Belle)」では、木製パネル、キャンバス、スクリーンプリント、写真などが展示され、活動を始めた1980年代初頭から現在に至るまでのブレック・ル・ラットの活動をたどることができる内容でした。

このようにギャラリーなどでの展示会に参加してきたものの、ギャラリーよりもストリートを好むと表明しており、アーティストの作品にとって、美術館で売られたり認められたりすることよりも、できるだけ多くの人々に見られることの方が重要であると述べています。

2014年には、ニューヨークのコロンバスサークルにあるQuinホテルでQuin Artsプログラムの一環に参加し、3つの大型オリジナルペインティングと25のユニークなリトグラフによるモノタイプのエディションを展示しました。

ブレック・ル・ラットは、今日のグラフィティ・アートやゲリラ・アートのムーブメントに大きな影響を与えてきました。

活動の主な動機は社会意識と人々にアートを届けるというものだといいます。ブレック・ル・ラットの作品の多くは、大きな抑圧的な集団に対抗する孤独な個人を描いたもので、2006年からはホームレスを表現するイメージシリーズを描き始め、歩道に立ったり座ったり横になっている姿を描き、世界的問題と考えてる出来事に注目を集めようと試みていることがわかります。

ブレック・ル・ラットの影響を受けたバンクシー

ストリート・アートシーンに大きな影響を与えてきたブレック・ル・ラット。今最前線をいくアーティストであるバンクシーも、多大な影響を受けた人物の一人だそうです。

バンクシーとブレック・ル・ラットは、お互いにコラボレーションの意思を示してきました。2011年、サンフランシスコのミッション地区でバンクシーが前年に描き始めた壁画に、ブレック・ル・ラットが手を加える姿が目撃されました。

バンクシーは『自分が何か少し独創的なものを描いたと思うたびに、ブレック・ル・ラットもかつて同じことをやっていたと気が付く。たった20年前にね。』とコメントしています。

バンクシーがストリート・アーティストとして世界的有名になった背景には、ブレック・ル・ラットの存在が必要不可欠だったと言っても過言ではありません。

ブレック・ル・ラットの作品例

「ホームレス・イン・パリ」2007年

パリの街の社会問題としてブレック・ル・ラットが着目した、ホームレスをモチーフとして制作されたスクリーンプリント作品です。

「スターダンサー」2012年

ブレック・ル・ラットの作品には、バレリーナなど踊り子をモチーフとした作品も多く見られます。

「スターダンサー」は、2012年にステンシル技法を用いて描かれた作品です。

「アナーキスト」2020年

ブレック・ル・ラットが『パリ市内で唯一、自由な動物』と表現しているネズミをモチーフに制作された、国家権力や宗教などの政治的権威や権力を否定し、自由な個人の合意のもとに個人の自由が重視される社会を運営していくことを理想とする『アナーキスト』というタイトルのシルクスクリーン作品です。

「リバティ」2022年

ニューヨークのシンボル『自由の女神』をモチーフとした作品で、ペインティング作品です。

2022年8月〜9月に開催された展覧会で展示された作品で、ニューヨークのギャラリー、ウエスト・チェルシー・コンテンポラリーが販売しています。

「モナ・リザ」2022年

ブレック・ル・ラットは、過去のアート界の巨匠たちが残した名作のレプリカ作品も制作しています。

誰もが知る、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」も、スプレーペイントで描かれると全く違う印象に感じられます。

まとめ

ブレック・ル・ラットは、「ステンシル・グラフィティの父」と呼ばれる、グラフィティなどのストリート・アート界のパイオニア的な存在のアーティストです。

今や世界中で人気のストリート・アーティスト、バンクシーもリスペクトするブレック・ル・ラット。バンクシーの作品が好きな方は、ブレック・ル・ラットの作品にも注目してみてはいかがでしょうか。

参考

BLEK LE RAT /ORIGINAL STENCIL PIONEER http://bleklerat.free.fr/stencil%20graffiti.html

Wikipedia「BLEK LE RAT」https://en.wikipedia.org/wiki/Blek_le_Rat

Artsy https://www.artsy.net/artist/blek-le-rat/auction-results?metric=in

ABOUT ME
あやね
2018年にアメリカ NYへ移住した、京都生まれの大阪人。日本の伝統工芸が持つ独特で繊細な美しさが好きで、着物や器を集めている。郊外の家に引っ越したことをきっかけに、アート作品やアンティーク家具を取り入れたインテリアコーディネートにも興味を持ち始める。アメリカで日常生活に様々な形でアートを取り入れる人々に出会い触発され、2021年より趣味で陶芸をはじめる。