渡辺省亭

Watanabe Seitei
アーティスト紹介

DATA

ニックネーム
欧米を魅了した花鳥画家
作者について
渡辺省亭は1851年に東京で生まれ、鳥や花の絵を得意とした日本画の画家であり、浮世絵師でもありました。ヨーロッパで起きたジャポニズムを起こした内の1人です。

現在の値段

31,111円

「諫鼓鶏之図」65万円(松本松栄堂)
「蓬莱之図」40万円(松本松栄堂)

2021年の展覧会より価格が高騰し始めました。今のところオークションでの購入よりも画廊での購入が一般的です。今後作品の値上がりが期待される日本画家です。

経歴

渡辺省亭(以下、省亭)は、1851年東京 神田に吉川義復(よしまた)として生まれました。青年期には商人をしていましたが、商才がないことが分かり、歴史画の名手として知られる菊池容斎に絵を学びました。

菊池容斎より「自然を手本とせよ、決して人に頼るな」と教えられ、徹底的に写生を繰り返し技術を磨き上げました。

その後、工芸品輸出を振興するために設立された起立工商会社(きりゅうこうしょうがいしゃ)に入社します。この時に制作した花の版画が賞を受け、渡辺の飛躍のきっかけとなりました。

内国勧業博覧会出品作を翌年のパリ万博にも出品しました。起立工商会社の派遣で日本画家として初めてパリにわたり、ドガをはじめとする印象派の画家たちと交流しました。繊細で洒脱な花鳥画で人気を博し、ロンドンでも個展を開くなど海外で高い評価を得ました。

1878年のパリ万国博覧会にて作品を出品し、日本画家として初めてヨーロッパに留学しました。3年間滞在して、ドガを初めとする印象派の画家と交流し、西洋の水彩画の技法を学びました。自然をよく観察し、繊細な筆致で描かれる渡辺の作品は、海外でも評価され、ロンドンで個展を行いました。1875年から1878年にかけて、欧米各地を巡業した後、帰国しました。

帰国後、鳥や花をモチーフにした作品のほか、迎賓館赤坂離宮の七宝額原画や『花鳥諷詠』などの印刷物を制作しました。また、雑誌『美術世界』を創刊・編集しました。

1897年以降は中央画壇から離れて個人画家として活動をしていたため、展覧会や作品を発表されることが少なかったそうです。

省亭は1918年に亡くなりました。後年画壇から離れたため、爆発的な知名度とはならず知る人ぞ知る画家として認知されていましたが近年注目を集めています。

まとめ

皆さんは渡辺省亭をご存知ですか?

私はサイトオーナーから「人気上がった物故作家がいるよ、今展覧会やってるから行っておいで!」と言われて渡辺省亭を知りました。

今までどちらかというと現代アートや日本彫刻が好きな私は日本画には興味がありませんでした。なんでも鑑定団を見ても「そういう作家がいたんだ!」と学ぶことばかりでしたが、オーナーのおすすめしてくれた岡崎美術博物館で行われている「欧米を魅了した花鳥画 渡辺省亭展」に行ってきました。

それを見て色使い、構成、全てに感動しました。何より日本人で初めて留学し海外の技法を学び日本に持ち帰ってくるという大業を成し遂げた人生は素晴らしいですね。

家にも1室和室があるので、1つ日本画でも飾ってみたいなと思うこの頃でした。

参考

岡崎市美術博物館「渡辺省亭」

https://seitei2021.jp

Fashion Press「日本画家・渡辺省亭の初回顧展、愛知&静岡で – 欧米をも魅了した花鳥画などを一挙紹介」

https://www.fashion-press.net/news/68591

Wasaku web「注目!明治最後の大物画家、渡辺省亭。取材オファー100社超え、初の大回顧展の前に5つの見どころをおさらい!」

https://intojapanwaraku.com/art/151422/
ABOUT ME
しおり岡
しおり岡
編集長/ライター。小学生の頃はエジプト文化、中学生では西洋美術、高校生は日本の歴史にハマり、大学在学中に仏像に恋をして、学芸員を取得。卒業後、大手人材会社で営業を経験。その後、飲食店の広報・デザイナーを経て、アメリカ・NYにて転職。コロナウイルスのため帰国し、現在は日本に滞在中。趣味は「美術館や遺跡を経験するための海外旅行」。今まで40カ国以上を旅行をし、世界の建築や文化、食事、アートに触れる。