東山魁夷の経歴
東山魁夷(ひがしやま かいい)は1908年(明治41年)神奈川県横浜市に生まれ、父の仕事の関係から3歳の時に兵庫県神戸市に引っ越しました。
中学校在学時から、画家を志し始めました。その後東京美術学校 日本画科へ進学し、結城素明(ゆうきそめい)に師事しました。21歳の頃、1929年第10回帝展にて「山国の秋」が入選。当時の流行を活かした画法を起用しました。
卒業後、ドイツのベルリン大学に2年間留学し、ドイツの風景に大きな影響を受けました。
父の危篤により途中で日本に帰国し、1940年には日本画家の川﨑小虎の娘すみと結婚します。
ドイツからの帰国後は、画壇が帝展から文展への再編の時期で東山魁夷の作品は落選を続けました。また、私生活でも結婚がうまくいっておらず、厳しい環境だったそうです。
その後も、太平洋戦争が始まったので徴兵され、終戦直後に母と兄弟を失いました。
戦後、千葉県は市川市に移り、馬主・実業家である中村勝五郎からの支援を受けながら、どん底を経験しながらも東山魁夷は再度頭角を表していきます。
1947年の第3回日展で、特選を受賞し、日本政府に買い上げられた作品「残照」を機に、東山の作品の評判は高まり、そこから風景を題材にすることを決めました。
1953年には、大学の同級生であった建築家・吉村順三の設計で自宅を建て、50年以上その地で創作活動を続けます。
1969年には毎日芸術大賞、文化勲章、文化功労者を受賞するなど、国内での知名度や人気はどんどん高まっていき、「国民的日本画家」と呼ばれるようになります。
北欧、ドイツ、オーストリア、中国など海外にも頻繁に出向き、精力的に作品を発表し続け、展示会も開催しました。
東山は90歳で老衰のため亡くなるまで、絵を描き続けました。健康状態が悪化し、日本中を旅することができなくなった彼は、若い頃に集めた豊富なメモをもとに、想像力を巡らせ風景画を描き続けたといいます。
東山は作品の多くに青や緑を使用していることで知られ、『東山ブルー』とも称される深い蒼の水墨画のような濃淡のタッチが東山のスタイルの特徴の一つです。
東山魁夷の代表作品
「残照」1947年
遠くへ続く山並みにやわらかい優しい光が差し込む美しい様子を描いた作品「残照」は、東山が39歳の時に描いたものです。
冬の朝方のような澄み切った綺麗な空気を感じるような、神秘的な作品です。
本作品は、第三回日展にて特選を受賞したことから日本政府に買い上げられ、東山にとっての大きな出世作となったことでよく知られています。
「道」1950年
東山魁夷の数ある作品の中でも特に有名な作品が、「道」です。この作品が風景画家としての東山の名を不動の物にしたと言えるでしょう。
前方へとまっすぐに伸びる道それだけを描くシンプルな作品でありますが、幻想的な色彩に見惚れてしまいます。
制作前には青森県八戸市の種差を再訪し、牧場に宿泊して風景を写生したそうです。
単純な構造と題材でありながら、細かいところまで丁寧に、生命力を感じる風景であることが印象的です。
戦争前後に、苦難を乗り越え努力を続けた東山の描く、まっすぐで明るい未来が見えるような道からは、その強いメッセージも感じられるでしょう。
現在本作品は、東京国立近代美術館に収蔵されています。
「年暮る」1968年
「年暮る」は、京都を題材にした「京洛四季」の1つとして知られています。本作品は、知人であった川端康成から、『京都はあと5年、10年でなくなってしまうかもしれない、描くなら今だ。』と言われたことがきっかけになったと言われています。
東山が60歳の時に描いた本作品は、鴨川の向こうに見える要法寺やその周りの瓦屋根に雪がつもる様子を美しく描いています。
年末年始に誰もが感じたことのある感情『去り行く年に対しての心残りと、来る年に対してのささやかな期待』が伝わってくるような気がします。
「緑響く」1972年
「緑響く」も人気の高い、代表的な「白い馬」シリーズの1つ作品です。
鮮やかな緑の森の中を白馬が歩いている様子を描いた作品です。長野県茅野市の御射鹿池がモチーフになっています。
一頭の白い馬が池畔に現れ、画面を右から左へと歩いて消え去った風景が心に浮かんだことが制作のきっかけになったといいます。
作曲家・モーツァルトのファンだった東山は、ピアノ協奏曲・第二楽章の旋律もインスピレーションに描いたと言われています。
東山魁夷の作品を鑑賞できる美術館
長野県立美術館「東山魁夷館」
長野県立美術館「東山魁夷館」は、長野県が東山魁夷から作品や関係図書の寄贈を受けたことから、長野県信濃美術館に併設して建設され、1990年4月に開館しました。
現在では、収蔵作品数が970点余りで、2ヶ月に一度展示替えが行われており、東山の作品の世界を楽しめる場となっています。
長野県立美術館
〒380-0801 長野県長野市箱清水1-4-4
https://nagano.art.museum/higashiyama_kaii_gallery
TEL.050-5542-8600
香川県立東山魁夷せとうち美術館
香川県立東山魁夷せとうち美術館は、東山魁夷の祖父が坂出市櫃石島の出身で、香川県とゆかりが深いということから、東山の没後に遺族より版画作品270点ほどの寄贈を受けたことで、2005年に開館されました。
瀬戸内海の美しい自然に囲まれたこの美術館は、さまざまなテーマで所蔵作品を展示したり、他の美術館との連携によって東山魁夷の作品を含めた展覧会も積極的に開催したりしています。
香川県立東山魁夷せとうち美術館
https://www.pref.kagawa.lg.jp/higasiyamakaii/higashiyama/index.html
〒762-0066 香川県坂出市沙弥島字南通224-13
TEL:(0877)44-1333 FAX:(0877)44-0220
市川市東山魁夷記念館
市川市東山魁夷記念館は、東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である千葉県市川市に、2005年に開館しました。
この東山に大きな影響を与えた留学先であるドイツをイメージした西洋風の外観の建物が特徴的なこの記念館では、資料と作品を展示しているほか、ショップやカフェレストランを併設した施設となっています。
市川市 文化国際部 東山魁夷記念館
https://www.city.ichikawa.lg.jp/higashiyama/
〒272-0813 千葉県市川市中山1丁目16番2号
電話047-333-2011
FAX047-333-2033
その他の収蔵美術館
- 東京芸術大学美術館:「南天」「渓音」
- 東京国立近代美術館:「残照」「道」「秋風行画巻」「たにま」「晩照」「山かげ」「木霊」「秋翳」「青響」「雪降る」「白夜光」「白い朝」など
- 東京都現代美術館:「森のささやき」「彩林」
- 富山県水墨美術館:「山・海」
- 古川美術館:「秋光」「若葉の渓」
- 上原美術館:「静宵」
- メナード美術館:「曠原( ドイツ、リューネブルガー・ハイデ )」「雲立つ嶺」「叢篁」
- 名都美術館:「ハルダンゲル高原」「秋映」「潮風」
- など
まとめ
私の祖父の家には「緑響く」の模写が飾ってありました。幼いながらその絵に癒され、いつの間にか魅了されていました。東山魁夷の描く青色は「東山ブルー」と呼ばれるほど豊かで美しい色合いです。
生前、東山魁夷は「私にとって描くことは、祈りだ」と話していたそうです。静かな風景画の中に力強さを感じるのは、その信念が絵に伝わってきているからでしょうか。
参考
Art Consulting Firm「オークションレポート」https://acf.jp/report/
iArt「コラム」https://www.ise-art.co.jp/blog/date/2019/05/
GO NAGANO 「長野県の自然を愛し描き続けた画家、東山魁夷の世界に浸るミュージアム」https://www.go-nagano.net/theme/id=17390
"バブル時代には横山大観、東山魁夷などは1億円を超える相場を形成していたが、バブル崩壊後には大幅に下落した。その後、良品を中心に、少しずつではあるが相場を持ち直し現在に至る。"(参考:Art Consulting Firm)