会田誠の経歴
美少女、戦争、サラリーマンや政治家など、あらゆる題材について奇想天外な発想で表現した作品で知られる現代アーティスト・会田誠(以下、会田)は、1965年に新潟県新潟市にて社会学者で新潟大学名誉教授の会田彰の元に生まれました。
幼少期は授業中に走り回るなど落ち着きがなく、いわゆるADHD(多動性障害)だったといいます。
地元の高校を卒業したあと、代々木ゼミナール造形学校を経て東京芸術大学に進学した会田は、油画を専攻として美術を学び、その後東京芸術大学大学院美術研究科も修了しました。
大学在学中には、友人である小沢剛や加藤豪らと同人誌「白黒」を発行するなどして過ごしました。
卒業後、1993年より本格的に現代美術家としての活動を開始し、1994年には藝術集団「昭和40年会」を結成してグループ展やイベントなどを開催しました。
そして2000年から半年間ニューヨークに滞在していた際に出会った、同じく日本人芸術家の岡田裕子と子供を授かったことをきっかけに結婚します。
長男・寅次郎が生まれて3ヶ月で展覧会ができるように、当時から所属していたミズマギャラリーに依頼して「会田誠・岡田(会田)裕子・会田寅次郎 三人展」を開催したことや、妻・岡田裕子とは谷中霊園で結婚式を挙げたことなど、現代美術家同士の夫婦として、そのユニークな発想や表現は度々話題になりました。
会田の作風は、美少女、エログロ、ロリコン、戦争、暴力、テロリストなどのような、社会通念・道徳心に対するアンチテーゼを含んでおり、物議を醸すことも多々あったようです。
また、会田は西洋美術、アメリカ現代美術などに対して批判的な姿勢を見せており、アイロニーやジョークを含みながら欧米の美術を批判しています。
現在も絵画だけでなく、写真や立体作品、インスタレーション、パフォーマンス、映像作品、小説、マンガや都市計画などとマルチな媒体を通じて表現を続ける現代アーティストとして、活躍しています。
会田誠が所属するミヅマアートギャラリー
会田が所属しているギャラリーは、東京に本拠点のあるミヅマアートギャラリーです。
エグゼクティブディレクター・三潴末雄によって1994年に東京にてオープンしてから、独自の感性を持つ日本、またはアジアのアーティストを中心に、国内外のアートシーンに紹介しています。
東京に限らず、2008年に北京、2012年にシンガポールにもMizuma Galleryを開廊しており、2014年にはインドネシアに日本のアーティストと現地アーティストたちの交流の場として「ルマ・キジャン・ミヅマ」をオープンしました。
ミヅマアートギャラリーはアートバーゼル香港など、国際的なアートフェアにも積極的に参加しており、国際的に活躍するアーティストを数多く輩出しています。
その他の所属アーティストは、会田の妻の岡田裕子や、山口晃、愛☆まどんな、池田学などがいます。
会田誠の有名な作品
「犬(雪月花のうち“月”)」1996年
1996年に描かれた「犬(雪月花のうち“月”)」は、会田の「犬」シリーズのうちの1つで、この作品の2年後に「犬(雪月花のうち”雪”)」、そして5年後には「犬(雪月花のうち“花”)」が描かれたそうです。
「犬」シリーズは、四肢を切断された裸の少女が、犬のように鎖に繋がれた姿を描いているという過激なテーマであるため、女性や障害者に対して差別的で倫理的にどうなのかという意見が多く、物議を醸してきました。
会田は「犬」シリーズについて以下のように語っているそうです。
『「犬は『お芸術とポルノの境界は果たして自明のものなのか?』という問いのための試薬のようなものです。問いをより先鋭化するため、切断や動物扱いという絶対悪の図像を選択しました。多くの人が指摘する通り、このたびの喧々囂々の議論は、最初から作品に内在していたものでしょう』
「紐育空爆之図(戦争画RETURNS)」1996年
「紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)」は、会田の戦争画RETURNSシリーズのうちの1つです。
このシリーズは、日本美術史における出来事からテーマが引用されており、「紐育空爆之図」ではニューヨーク・マンハッタンの上空に∞(無限大)の記号が、第二次世界大戦などで使用された帝国海軍の主力艦上戦闘機であるゼロ戦によって描かれています。
キラキラ輝くゼロ戦は、ホログラムペーパーを用いて作られており、日本画における螺鈿(らでん)を彷彿とさせます。
「ジューサーミキサー」2001年
「ジューサーミキサー」は、会田が14歳の頃に浮かんだイメージを元に2001年に制作されたそうです。
エロティックかつグロテスクなイメージの作品を多く生み出している会田ですが、この作品においては巨大なミキサーの中に入っている裸の人類の全女性が攪拌されるといった残虐なテーマが表現されています。
「滝の絵」2007年〜2010年
2007年から2010年にかけて制作された「滝の絵」は、日本の自然を思い出させるような滝の風景に、スクール水着を着た高校生ぐらいの美少女たちが集まっている様子を描いています。
小さな滝の周りでそれぞれ楽しそうに過ごす美少女たちは楽しげで無防備な姿が描かれており、美少女たちの数の多さなどどこか美しさの中に違和感を感じてしまうような印象があります。
「ゆず湯」2015年
2015年に制作された「ゆず湯」は、歌手の岡村靖幸のアルバム「幸福」のジャケットに使用され話題になりました。
この作品は、『少女が父親と一緒にゆず湯に入っている様子を描いた』と会田本人が語っています。
親子でゆず湯に入る姿を父親目線で描いている点や、少女の楽しそうな笑顔が温かい日常の幸福を感じさせます。
「アマビエ」2020年
江戸時代後期、瓦版に登場した妖怪「アマビエ」は、疫病について予言したとして知られています。
そんなアマビエをモチーフに、2020年に6人の芸術家によって「アマビエ」をテーマにした作品を制作するプロジェクト「コロナ時代のアマビエ」が開催され、新型コロナウイルスの流行でざわめいた2020年に疫病を鎮める魔除けのようなイメージの作品が順番に、埼玉県角川武蔵野ミュージアムにて展示されました。
会田は展示第一弾を担い、アマビエをストレートに描いた「疫病退散アマビヱ之図」を発表しました。
会田誠の展覧会
会田はこれまでに数多くの展覧会を開催、またグループ展にも参加しています。
これまで話題になった展覧会をいくつか紹介します。
「会田誠展:天才でごめんなさい」展
2012年11月17日から2013年3月31日に森美術館で開催された会田の展覧会「会田誠展:天才でごめんなさい」では、アーティストとしてのデビュー20年以上に渡る会田の作品、新作を含む100点が展示されました。
会田にとって、美術館での初個展となった本展では、連作「犬」や「滝の絵」なども展示され、大きな話題になりました。
本展覧会は、会田の作風から、女性差別、児童虐待、暴力を肯定する表現であると見なされ「ポルノ被害と性暴力を考える会(PAPS)」から抗議を受けたそうです。
「GROUND NO PLAN」
2018年2月10日から2月24日まで表参道の特設会場にて開催された「GROUND NO PLAN」は、会田が公益財団法人大林財団によって、30名ほどの候補アーティストから選抜・推薦されてプロジェクトに参加し、建築系による都市計画とは違った角度から、年における様々な問題を考察した上で理想の都市のあり方を提案するという企画が元となっています。
この展覧会では、会田が考える未来の都市の姿が、絵画、建築模型、インスタレーション、映像など様々な媒体を介して表現されました。
通常のギャラリーではなくオフィスビルのテナントで行われ、会田ならではのユニークなアイデアが盛り込まれた興味深い内容の展覧会となりました。
展覧会のレセプションにて会田は、『僕は親が学者だった反動からか、リサーチが大嫌いでして、ものが調べられないんです。今回も都市のビジョンをリサーチすべきかどうか考えて、結局しないことに決めました。はっきり言って一つたりとも何も調べてないです。全て適当というか、すでに日常生活者として知っていたレベルでやっています』と語ったといいます。
この展覧会で展示された作品の中には、人気アニメであるエヴァンゲリオンのキャラクターが服を脱ぐところを描いた作品「発展途上国からはじめよう」もあり、エヴァンゲリオンのファンの間でも注目を集めました。
この作品はもともと、新宿駅など主要な駅にある大きいポスターのイメージを持っていた会田が、実際の人にポーズをしてもらって写真を用いて制作しようと構想していたものの、途中からエヴァンゲリオンのキャラクターを用いるほうがいいと思って変更し、制作されたそうです。
「パビリオン・トウキョウ」での作品「東京城」
会田も参加した、2021年7月1日から9月5日にかけて開催された「パビリオン・トウキョウ」には、草間彌生、真鍋大度+ライゾマティクス、藤本壮介など日本を代表する現代美術家や建築家たちが参加し、それぞれの『パビリオン』が、国立競技場を中心とする都内9ヶ所に設置されました。
会田の作品「東京城」は、神宮外苑のいちょう並木入り口に展示されました。
「東京城」は、道路の両側にあった石塁の上にダンボールとブルーシートで築かれていて、使われた素材の簡素さに対して、構造計算や工法は建築家の知恵を借りながら作られた見事なお城です。
会田は、『強調したいのは恒久性とは真逆の仮設性、頼りなさ、ヘナチョコさ──しかしそれに頑張って耐えている健気な姿である。どうなるか、やってみなければわからない。一か八か作ってみる。それを現在の日本──東京に捧げたい』とコメントしていました。
会田誠の本
「BRUTUS特別編集 合本 会田誠の死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100+山口晃の死ぬまでにこの目で見たい西洋絵画100 」
ユニークな感性を持ち、様々な作品を製作し続けている2人の現代美術家の会田誠と山口晃が、『死ぬまでに見たい』100の名作絵画をそれぞれ日本画、西洋絵画からピックアップして紹介しているBRUTUS特別編集の一冊です。
一般的な美術ガイドとは一線を画すこの本は、独自の感性を持った二人だからこその選定で偏向具合が面白く、また有名な名画に対しても新しい角度から見ることができる、美術好きの方にとってはかなり楽しめる本となっっています。
「美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか」
ギョッとするようなタイトルが、会田らしいこの本は、会田自らの経験や心のうちをさらけ出した、『笑えるけど深い』エッセイ集です。
美術家を目指す若者に向けたアドバイスや、会田の日常、頭の中、東京芸大時代のことなど、現代の日本や欧米を痛烈に批判するメッセージを作品にのせて過激に表現する会田の人物像を知ることができる一冊です。
「カリコリせんとや生まれけむ」
「カリコリせんとや生まれけむ」も、会田によるエッセイ集で、度々物議をかもすような作品を世に出してきた会田の頭の中を覗くことができる一冊です。
日本における現代アートの最前線を担うアーティストにとっても制作現場からプライベートにおいての子育てや、中国、2ちゃんねる、料理、マルクスなど、多岐にわたるテーマについてのアンチテーゼが語られ、まるで会田の作品を見ているような感覚を覚えます。
「げいさい」
「げいさい」は、執筆に4年の歳月を費やしたという会田による長編の小説です。
新潟の田舎から上京してきた美術予備校生の主人公が、多摩美術大学の学園祭、いわゆる「げいさい」を訪れ、そこで濃密な一夜を体験する、というところから広がるストーリーは、当時入学が最難関で過激だったと言われる東京芸大で学んだ会田本人の経験をもとに、現代の日本美術界への問いを含んでいるように思われます。
「青春と変態」
「青春と変態」は、高校二年生の主人公『会田』が、日記形式で描かれた、変態的青春小説(あるいは青春的変態小説)です。
会田の持つ哲学や善悪、聖と俗の逆説などを巧みに文章で表現した作品として制作された、笑えて泣ける小説となっています。
会田誠はセクハラで提訴された?
京都造形芸術大の東京キャンパスでの公開講座の講師をつとめた会田は、2018年にその講義を受けた女性から性的・暴力的表現を強制的に見せられた『環境型セクハラ』による精神的苦痛を受けたとして提訴されました。
原告の女性は、「ヌードを通して、芸術作品の見方を身につける」という社会人向けに開催された公開講義を受講した際、会田がゲスト講師を務めた講義において、『涙を流した少女がレイプされた絵』『全裸の女性が排泄している絵』『四肢を切断された女性が犬の格好をしている絵』などがスクリーンに映し出されたため、精神的苦痛を受け、大学側に抗議したのものの、内容の変更などがなされず急性ストレス障害の診断を受けたそうです。
会田が講義の中で、過激な表現が用いられた絵を受講者に見せながら、『デッサンにきたモデルをズリネタにした』などの下ネタも交えていたと提訴した女性は訴えていたそうです。
この問題はネットニュースなどで話題になり、会田自身もツイッターで独自の言葉で反論していました。
まとめ
芸術作品の評価って、とても難しいなと会田誠さんの『物議を醸しやすい』作風を見ていて改めて感じました。
個人的には、西洋美術などの裸婦画もあまり好きではないため、ポルノを彷彿とさせるようなサディズムを感じる表現が用いられている作品には惹かれず、むしろ不快で直視したくないというような気持ちになってしまいました。
しかし、現代アートというものは、鑑賞者に問いを投げかける一つの哲学的な媒体であってこそ、意味があるようにも感じます。
そう考えると、あまり直視したくないような表現こそ、より社会的に無視するべきではないのになかったことにされているような問題を写し出しているのかもしれません。
会田氏の作品は、一見刺激が強いのですが、政治的・歴史的な課題に対して、鋭い批評性が表現されているのだと思います。
参考
美術手帖「「心地よい絵」を目指しコロナ時代を歩む。会田誠インタビュー」https://bijutsutecho.com/magazine/interview/23307
Artpedia「【美術解説】会田誠「欧米美術をアイロニーを交えて表現する現代美術家」」https://www.artpedia.asia/makoto-aida/
美術作家 白濱雅也の関心事 「会田誠展で考えた事(4)「犬」の過激の核心は「ポルノ」でオブラートされた「サディズム」」https://ameblo.jp/shirahamamasaya/entry-11478818047.html
TOKYO ART BEAT「2021年、東京に捧げるパビリオン:「パビリオン・トウキョウ2021」レポート」https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/pavilion_tokyo_2021