経歴
菅木志雄(以下、菅)は1944年岩手県盛岡市に生まれました。
1968年に多摩美術大学絵画科を卒業し、1960年代後半から1970年代にかけて起こった芸術運動「もの派」の中心メンバーとして活躍しました。
もの派とは
「もの派」は1968年頃~70年代中期までにわたって存在したアーティスト10数名の表現傾向に与えられた名称。(中略)共通して認められるのは、自然物、人工物への人為的な関与の少ない即時的、即物的な使用だが、それ以外は個人によって思考やテーマにも比較的大きな隔たりがある。戦後日本の現代美術として、具体美術協会とともに海外からの評価が高い。
美術手帖
というもので、菅は日常的にある木や石、金属、ロープを組み合わせて作品を製作します。ものを表すため、立体、平面、写真、映像と様々な手法を用いています。
制作に至る前段階として、「もの」に対して「石を、これは石ではないのではと考える」というように、人間がつけたものの役割や機能、イメージを徹底的に取り払い、その本質や存在とは何かを再認識していくものとの対話がある。
GINZA
1968年の初個展以来、国内外の数多くの展覧会で400回以上の作品を発表してきました。
近年「もの派」が世界的に再評価されており、2016年にはミラノとニューヨークにて個展を開催したほか、エジンバラでカーラ・ブラックとの二人展を開催しました。2017年の第57回ヴェネチア・ビエンナーレ「VIVA ARTE VIVA」に選出され、初期の代表作の一つを水に浮かぶインスタレーションが高い評価を受けました。同年、菅はグループ展「Japanorama」に参加しました。
作品は、ポンピドゥー・センター、Dia: Chelsea、テート・モダン、ダラス美術館、M+、ニューヨーク近代美術館、グッゲンハイム・アブダビ、スコットランド国立近代美術館、東京都現代美術館など、世界各地の著名な美術館にも収蔵されています。
50年以上にわたり、一貫した哲学を持ち続け、積極的に制作活動を展開し、現代における日本の戦後美術を代表する人物の一人として独自の道を切り開いてきました。
まとめ
菅さんは戦後以降「もの」に長い間向き合い、その本質を突き詰めてきました。
その歴史と熟考から菅さんの作品が生まれていると考えると深い感動を覚えます。
家にある「石」や「木」を見方を変えると日常生活も何か特別なものになったり、自分のお気に入りがみつかるかもしれませんね。
参考
美術手帖「もの派」https://bijutsutecho.com/artwiki/101
GINZA 「戦後日本美術を代表するアーティストが提示する「もの派」の世界 菅木志雄展「放たれた景空」」https://ginzamag.com/culture/kishiosuga2020/