【篠田桃紅】絵画・リトグラフ作品の値段や名言、結婚しなかった理由は?

Toko Shinoda
アーティスト紹介

DATA

ニックネーム
水墨による抽象的表現のカリスマ
作者について
篠田桃紅(1913年〜2020年)は、20世紀の日本を代表する美術家・エッセイストの一人で、日本古来の芸術様式である書道の古風な静けさと現代美術の抽象表現主義の緊迫感を融合させたような、書や墨を使った絵画や版画作品で知られています。篠田は、生涯をかけて磨いた技術を用いて、自然界からインスピレーションを得て、100歳を過ぎた後も積極的に作品を発表しました。 篠田は、1956年の渡米をきっかけに日本国外でも有名になり、50年以上に渡り世界中から愛されてきた国民的芸術家です。 絵画・版画作品の他にも、2015年に出版した書籍「一〇三歳になってわかったこと」がベストセラーになるなど、多岐に渡ってその才能を発揮しました。

現在の値段

約443万円

2015年10月「Phase」(Christies)約76万円
2017年11月「UNTITLED」(Christies)約192万円
2020年6月「燦 」(SBIオークション) 約575万円
2020年9月「Untitled」(Christies)約274万円
2020年9月「Nexus (Musubi)」(Christies)約480万円

篠田の死去後に当たる2020年、オークションへの出品が増えています。平均的な落札価格は約400万前後であり、日本国内だけでなく海外でも取引され、人気を集めています。
晩年まで活躍した篠田の作品は、今後セカンダリーマーケットでもより価値が上がっていくだろうと予想されます。
篠田桃紅 オークション

篠田桃紅の経歴

篠田桃紅(以下、篠田)は、1913年、旧満州・大連にて、父親がタバコ工場を経営する裕福な家庭の7人の子供のうち、5人目として生まれました。篠田がまだ幼い時に、一家は日本に戻り、岐阜で暮らし始めます。

篠田の父の叔父の一人は、明治天皇の公式の印章彫刻家だったこともあり、篠田の父親も書道や芸術に長けていたそうです。まだ幼い5歳の時に、父親の影響で墨と筆に初めて触れた篠田は、以後父親からの教えや独学で書道を極めていきます。

篠田が10代になった頃、何世紀にも渡って受け継がれてきた日本の伝統である書道の更なる可能性を求め、書道という形式から離れて、より芸術的なアプローチを探すようになりました。伝統を重んじる父親は、斬新な表現の中に書道を用いる篠田を叱ったこともあったといいます。

当時女性としてはまだ珍しく日本全国で現役の書家として有名になっていた篠田は、1940年に東京の画廊で初めてとなる個展を開きました。

1954年、篠田はアメリカ・ニューヨークの近代美術館(MoMA)にて、書道の展示会に参加しました。これをきっかけに、篠田はその後もニューヨークを拠点としてボストン、シカゴ、パリ、シンシナティなど世界各地で個展を開催し、日本国外でも書家・アーティストとして名を馳せていきました。

ニューヨークでの滞在中に、マーク・ロスコ、ジャクソン・ポロックなどの抽象表現主義の巨匠たちに出会い、交流する中で、自身の芸術作品に多くのインスピレーションを受けた篠田は、日本に帰国した後、本格的に書と表現主義の美学を組み合わせ始めるようになりました。

その結果、日本の伝統的な書の様式を用いて、近代的な抽象表現主義の絵画を描くスタイルを作り出し、世界から高い評価を得るアーティストとなっていきました。

1960年代以降、版画の一種であるリトグラフの製作も始めるようになり、生涯に渡って多くの版画作品も残しています。

引用:アートアジェンダ「106歳を生きる 篠田桃紅
とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/3553


その後も引き続き積極的に制作を続けていた篠田は、書・絵画・版画作品以外にも、多くのエッセイを出版し、その生き方、哲学が人気を集めました。

2005年には、日本版ニューズウィークで「世界が尊敬する日本人100人」に選出され、公に世界的に活躍した日本人芸術家としてその栄誉を讃えられました。

2020年3月、107歳だった篠田は、東京の病院で亡くなりました。

2016年にその栄誉を称え、日本の切手に描かれたように、日本人アーティストとして多くの功績を残した篠田の作品は、彼女の死去後オークションでもより見られるようになっています。

篠田桃紅の代表作品や鑑賞できる場所は?

書道で使う墨・筆を繊細かつ大胆に操り、日本古来の伝統的な雰囲気を感じる斬新な抽象画を制作する篠田は、アーティストとしてその才能を世界中で認められてきました。

篠田の有名な作品や、鑑賞できる美術館、収蔵場所などについて見て見ましょう。

篠田桃紅の有名な作品

「星霜」

制作年:1954年、収蔵:岐阜現代美術館

篠田桃紅 星霜
引用:美術手帖「普遍的な美を一筋の線に込める。
サントミューゼ 上田市立美術館にて
篠田桃紅の展覧会が開催」https://bijutsutecho.com/magazine/news/promotion/13886/pictures/1

「少年」

制作年:1998年、収蔵:岐阜現代美術館

篠田桃紅
引用:岐阜現代美術館(http://www.gi-co-ma.or.jp/collection/art/

「Awakening 」

制作年:2012年、収蔵:The Tolman Collection Tokyo

篠田桃紅
引用:The Tolman Collection Tokyo https://tolmantokyo.com/artworks/awakening/

篠田桃紅の作品が収蔵されている場所

20世紀を代表する日本人アーティストの一人である篠田の作品は、世界中から高い評価を得てきたため、世界各地の主要な美術館・ギャラリーで見ることができます。

篠田の作品を収蔵する主な美術館には、東京の国立近代美術館や岐阜現代美術館、メトロポリタン美術館(ニューヨーク、ニューヨーク近代美術館、グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、スミソニアン博物館(ワシントンD.C.)、大英博物館(ロンドン)、ブルックリン美術館(ニューヨーク)、ボストン美術館(ボストン)などがあげられます。

篠田の出身地である岐阜県の岐阜現代美術館は、世界最大の篠田桃紅作品のコレクションを所有しているそうです。

京都迎賓館、在フランス日本国大使館(パリ)、ロックフェラー財団(ニューヨーク)、アメリカ議会図書館(ワシントンD.C.)などの公共施設にも作品が収蔵されているそうです。

また、日本の皇室も篠田の作品をコレクションしていることで知られており、皇居御食堂や皇室専用の新型車両に収蔵されています。

篠田桃紅のリトグラフ作品やその値段は?どこで販売されているの?

リトグラフとは、いわゆる版画の技法の1つのことを指します。

一般的な凸凹からなる版画のイメージと違い、平らな板を用いる平版と呼ばれるリトグラフは、水と油の反発作用を利用して、作品を作り上げていくことが特徴です。

木版絵画は出っ張った所にインクをつけて刷る凸版、銅版画はへこんだ所にインクを詰めて刷る凹版と呼ばれるのに対して、リトグラフは平らな板を使うことから平版と呼ばれます。また、石を利用されていたことから「石版画」と呼ばれることもあります。

篠田桃紅のリトグラフ作品の例

「Evening Calm」

制作年:2002年、収蔵:岐阜現代美術館

篠田桃紅
引用:岐阜現代美術館(http://www.gi-co-ma.or.jp/collection/art/

「Wild Fire」

制作年:2000年、収蔵:岐阜現代美術館

篠田桃紅
引用:岐阜現代美術館(http://www.gi-co-ma.or.jp/collection/art/

Symphony

制作年:2000年、収蔵:後藤画廊

篠田桃紅
引用:後藤画廊

篠田桃紅のリトグラフ作品が買える場所や値段は?

篠田桃紅のリトグラフ作品は、日本国内の画廊やオークションハウスを始め、海外のギャラリーや有名オークションハウスでも購入できます。

値段は、作品によって約30万円〜約90万円と幅広くあるようです。

リトグラフ作品を購入する際、作家本人のサインがある作品は「オリジナル版画」として高額となります。

作者の死後に遺族などが作品を刷ることもありますが、その場合にはスタンプが押され、本人が制作したものに比べると大幅に価値は下がります。

また、版画作品にはエディションナンバーと呼ばれる番号がついており、例えば「10/100」は100枚刷られたうちの10枚目であるということになります。この発行部数が少ない方が当然価値が上がります。

篠田桃紅ほど有名な作家の作品であれば偽物は出回りにくいようですが、信頼できるオークションハウスや画廊で購入するのがオススメです。

数々の名言で知られる篠田桃紅のエッセイ本

篠田は晩年にも絵画・版画などの芸術作品の域を超えて独自の表現を続け、エッセイストとしても活躍していました。

シンプルでエレガントな作風だけでなく、彼女自身の凛とした生き方や独自の感性に触れることができ、篠田らしい美しく軽やかな言葉が用いられたエッセイは、多くの人々を魅了しています。

その他の著書には、「これでおしまい」「一〇五歳、死ねないのも困るのよ」「桃紅百年」などがあり、数々の名言を残しています。

「これでおしまい」

これでおしまい
引用:楽天ブックス「これでおしまい」https://books.rakuten.co.jp/rb/16668948/

篠田自身も、「これが最後の著書になるだろう」と制作途中に繰り返し口にしていたように、彼女が最後に残した人生哲学を表す数々の言葉が詰まった一冊です。

「人生篇」は、篠田桃紅の人生についてインタビュー形式を取り、編集部がまとめたものとなっているため、篠田桃紅の人生を写真と文章とともに振り返ることができます。

「一〇三歳になってわかったこと」

篠田が2015年に出版した書籍「一〇三歳になってわかったこと」は、50万部を超えるベストセラーとなりました。

時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2の人生です。

無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができます。

私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。

篠田桃紅『一〇三歳になってわかったこと』幻冬舎より

本書でも篠田は数々の名言を残し、多くの人の心を掴んだようです。

「桃紅百年」

桃紅百年
引用:資生堂 花椿「【特別企画】今あなたにおすすめしたい、この作品。Vol.13」https://hanatsubaki.shiseido.com/jp/column2/7676/

篠田が100歳を迎えた2013年に出版された「桃紅百年」は、66歳から99歳までの間に書かれたエッセイをまとめた、自伝的随筆集です。

彼女の様々な経験を重ね、深みのある人生そのものが詰め込まれ、美しい言葉で表現されているエッセイは、芸術に人生をかけて打ち込み、深め続けた篠田の生き様が感じられます。

生涯結婚しなかった「孤高の美術家」篠田桃紅

篠田は、若くして芸術の道を突き進むことを決意したこともあり、一般的に女性が選択する結婚や出産などの道を選ぶことはありませんでした。

両親も篠田の結婚を望んでいたため、自身のことを「結婚せず親不孝な娘だった」と語りつつも、いわゆる普通の人生を選ばずに自由の道を貫きました。

2017年に、篠田はThe Japan Timesにこう語っています。「私は結婚もしていませんし、子供もいません。でも、過去に製作した私の作品たちが家族や古い友人、あるいは私自身の一部のような存在でいてくれるのです。」

今となってはこのような多様な価値観が受け入れられるようになりましたが、当時はもっと世の中の流れに逆らうことが難しかったであろう中、自分自身の芯を貫いた篠田の強さを感じます。

話題になった篠田桃紅の首の腫れは何だったの?

2015年、ワイドショー番組「ワイド!スクランブル」に当時103歳だった篠田が出演した際、首全面(喉)のあたりが拳ほど大きく腫れているのを見た視聴者によって、甲状腺の病気なのでは?と心配する声がツイッターなどに多く見られたそうです。

篠田桃紅
引用:TV Asahi 「Wide! Scramble」/Toko Shinoda(https://www.youtube.com/watch?v=kYE7PKxkLsE

具体的に何だったのかは公表されていませんが、番組内でインタビューに答える篠田の声や姿は、100歳を超えていると思えないほどの美しい佇まいと元気さで、エネルギーを感じました。

2020年、篠田が107歳で亡くなった際の死因に関しても、老衰とされ具体的な原因には言及されていませんでした。

まとめ

日本の伝統的な書の様式の洗練された美しさとシンプルながら大胆な抽象的な表現。個人的にはこの2つの要素どちらにもとても惹かれるため、篠田投稿の作品をはじめて見た時から、その虜になりました。

伝統を破って斬新なことをはじめたり、女性として世間の中で目立って功績を残したり、世の中の常識とされている結婚や出産を選択しなかったりと、時代背景を考えてもとても希少な存在だったであろう篠田の生き様は、現代を生きる私たちから見てもかっこよくて、日本人としてアーティストとしての彼女の存在を誇らしく思います。

参考

Christies Toko Shinodaオークション落札結果(https://www.christies.com/search?entry=toko%20shinoda&page=1&tab=sold_lots

SBIアートオークション 篠田桃紅オークション落札結果(https://www.sbiartauction.co.jp/results/detail/88/276

New York Times「http://www.gi-co-ma.or.jp/collection/art/」https://www.nytimes.com/2021/03/03/arts/toko-shinoda-dead.html

岐阜現代美術館 http://www.gi-co-ma.or.jp/collection/art/

ABOUT ME
あやね
あやね
2018年にアメリカ NYへ移住した、京都生まれの大阪人。日本の伝統工芸が持つ独特で繊細な美しさが好きで、着物や器を集めている。郊外の家に引っ越したことをきっかけに、アート作品やアンティーク家具を取り入れたインテリアコーディネートにも興味を持ち始める。アメリカで、日常生活に様々な形でアートを取り入れる人々に出会い触発され、今年は自宅で陶芸も始める予定。