【石田徹也】の死因は事故死?コンテンポラリーアーティストとしての経歴

Ishida Tetsuya
アーティスト紹介

DATA

ニックネーム
日本のシュルレアリズム
作者について
日本の画家。現代の日本を生きる人々の孤独や不安をテーマにし、キリンコンテンポラリーアートアワード98奨励賞や、VOCA展2001奨励賞などの様々な賞を受賞し、精力的に活動していましたが踏切事故により31歳という若さで踏切事故のため死去しました。

現在の値段

5,553,040円

2015年11月、45×53cmの作品がクリスティーズ香港で4300万円で落札されました。値段が急騰しているアーティストの一人です。

2006年には、世界的なオークションハウスであるクリスティーズが開催したオークション「アジアの現代美術」に『無題』(2001年)が出品され、78万香港ドル(約1,200万円)で落札されるなど、海外からの注目も高まっています。引用:「現代アートの歩き方」

経歴

石田徹也(以下、石田)は、1973年に静岡県焼津市に生まれました。父は元焼津市議会議員。母は専業主婦でした。

小学1年から6年まで、毎年校内の絵を描く会で特選を受賞するなど、幼い頃から才能を発揮していました。

美術系の高校を志望していたそうですが、両親からの要望で普通科の高校へ進学しました。その後は、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科に入学しました。

1995年大学在学中に、第6回グラフィックアート部門で「3.3㎡展」がグランプリを受賞。

就職活動中に1社だけデザイン制作を行う会社の採用へ応募しますが、ロストジェネレーションと呼ばれる就職氷河期だったこともあり、就職することができませんでした。それからは、画家としての活動に専念します。高い画材を買うために深夜アルバイトをして、作品の制作を続けており、経済的に余裕のある生活ではなかったそうです。

大学卒業後はキリンコンテンポラリーアートアワード98奨励賞や、VOCA展2001奨励賞などを受賞し、複数のアート展で受賞しています。

石田の作品では、日常生活に潜む不安や現代社会への風刺がテーマとして選ばれていました。

石田作品は大きく3つのテーマに焦点が置かれている。

・今日の世界における日本のアイデンティティ・役割日本社会や大学教育の構造・現代日本社会における社会や技術の急激な変化に適応するのにもがく日本人です。石田の作品は、孤立、不安、アイデンティティ危機、懐疑、閉所恐怖症、孤独などの要素が詰まっています

ArtPedia

画家として軌道に乗り始めた頃の2005年5月23日、東京・町田にて踏切事故により31歳という若さで死去しました。

部屋からは大量の未発表作品と、製作途中の絵が見つかったそうです。

まとめ

石田さんの写真をみてみると自身の作品に登場する青年にそっくりで驚きました!しかし、本人は自画像ではなく自身が投影しやすいキャラクターを描いている、とのこと。意識が絵となって現れた時に姿形までそっくりになるというのは不思議な気がしますね!

本の表紙やCDジャケットなどになっているのでみたことある!と思った方は多いはずです。

特に、地元の静岡県美術館には作品が多く飾られているそうです。

参考

現代アートの歩き方「石田徹也」

https://www.contemporaryart-walk.com/artist/tetsuya-ishida.html

mmpoloの日記「石田徹也という画家のこと、アジアの絵画バブル」

https://mmpolo.hatenadiary.com/entry/20070608/1181253704

アート買取協会「石田徹也」

https://www.artkaitori.com/artists/ishida-tetsuya/

ArtPedia「石田徹也 / Tetsuya Ishida

現代日本社会の闇を超現実主義的に表現」

https://www.artpedia.asia/2017/01/18/石田徹也/
ABOUT ME
しおり岡
編集長/ライター。小学生の頃はエジプト文化、中学生では西洋美術、高校生は日本の歴史にハマり、大学在学中に仏像に恋をして、学芸員を取得。卒業後、大手人材会社で営業を経験。その後、飲食店の広報・デザイナーを経て、アメリカ・NYにて転職。コロナウイルスのため帰国し、現在は日本に滞在中。趣味は「美術館や遺跡を経験するための海外旅行」。今まで40カ国以上を旅行をし、世界の建築や文化、食事、アートに触れる。