ダミアン・ハーストのプロフィール
イギリスの現代アーティスト、実業家、コレクターとして知られているダミアン・スティーブン・ハースト(以下、ハースト)は、1965年6月7日にイギリス・ブリストルに生まれました。
ハーストは、画家、コンセプチュアル・アーティストとして、挑発的な作風で死と再生、空虚と美、医学、テクノロジー、死生観などをテーマとした作品を制作する、イギリスを代表する芸術家として現在も注目されています。
ハーストが12歳の時に父親が家を出てしまい、その後万引きで逮捕されるなど子供の頃の家庭環境は良いものではなかったようです。
イギリス北部の都市リーズの美術学校に進んだハーストは、その後ロンドンの建築現場で2年間働いた後、1986年から1989年までロンドン大学のゴールドスミス・カレッジでも美術を学びました。
1988年大学在学中のハーストは、荒廃したビルで学生たちによる自主企画展覧会「Freeze」を他の学生たちとともに主催します。
この展覧会をきっかけに、美術コレクターとして知られているイギリスの大手広告代理店サーチ・アンド・サーチの社長チャールズ・サーチに才能を見出されたそうです。
ハーストはその後、主に「生と死」などをテーマとして、鑑賞者に問いを投げかけるようなコンセプチュアル・アート作品や、白いキャンバスにカラフルな色のドットを規則的に描いた「スポット・ペインティング」シリーズなどで、独自の美術スタイルを確立していきます。
特に死んだ動物をホルムアルデヒドで保存して芸術作品としたシリーズなどで、ハーストは芸術会において一躍有名になりました。
かつてフランスの芸術家マルセル・デュシャンがそうであったように、すでに世の中に存在するものを用いてその背後にある芸術の本質を問う作品は、鑑賞者に衝撃的な印象を与えてきました。
1993年に、イタリアで開催された ベネチア・ビエンナーレにイギリスの代表アーティストとして作品「Mother and Child, Divided」を出展し、高い評価を得ました。
そして1995年には、イギリスのテート・ブリテンで現代美術の最高峰であるターナー賞を受賞しています。
ハーストは、『ビジネスアーティスト』と呼ばれるほど戦略的なビジネスの視点を持った芸術家としても知られています。
2008年に、ディーラーやギャラリーを通さず直接オークションに出品した自身の作品が約211億円で落札され、1人の芸術家の作品落札総額として当時の最高記録となりました。
ダミアン・ハーストの代表作品
「一千年」1990年
「一千年」はハーストの作品の中で最も世の中に衝撃を与えたものの一つです。
牛の頭、ハエ、殺虫灯が仕切られた空間の中に置かれているという作品で、ハエは牛の頭に卵を生み、その上にウジ虫がわき、卵からかえったハエは殺虫灯に当たって死に、それがウジ虫の栄養となります。
このように、『一つの箱の中で食物連鎖が起こる様子を見せる』というこのコンセプトを芸術として発表しているのがこの作品です。
生々しい様子がグロテスクで、批判も多く受けてきましたが、物議を醸し話題となりました。
『生と死』について哲学的な概念を考えさせられる作品です。
「生者の心における死の物理的な不可能さ」1991年
「生者の心における死の物理的な不可能さ」は、死んだ動物をホルムアルデヒドで保存した「Natural History」という一連のシリーズの1つで、全長4.3メートルのイタチザメをホルムアルデヒドで保存した作品です。
このシリーズが話題になったことをきっかけに、ハーストは現代アーティストとしての地位を不動のものとしました。
1991年に制作されましたが、当時のオリジナルのイタチザメは腐敗してしまったため、2006年に交換したそうです。
不可避である生や死を考える意図が込められた「Natural History」シリーズですが、作品の残酷さが批判されたり、芸術品に見えないと非難されたり、物議を醸したシリーズとしても知られています。
「薬局」1997年
ハーストは「薬局」をモチーフにしたインスタレーション作品をいくつか発表しました。
棚にある医薬品は、上から頭、胃、脚の病気に関連したものが順に並べられており、部屋全体で身体を表現しています。
2016年には、薬局シリーズの第2弾として自身のギャラリー「ニューポート・ストリート・ギャラリー」で「Pharmacy 2」と題したレストランをオープンし、注目を集めました。
2021年12月には、ロシア・モスクワのPRADAにて期間限定で展示されました。
「L-Isoleucine T-Butyl Ester」2018年
ハーストは上記で紹介したようにインスタレーションやコンセプチュアル・アートで良く知られていますが、ペインティングシリーズの中では、白のキャンバス上にドットが等間隔に並んだ「スポット・ペインティング」シリーズが有名です。
それぞれのドットは全て違う色でペイントされていて、これらは覚醒剤の錠剤をイメージしたものだそうです。
ハースト自身が薬物とアルコール依存症に侵され、このシリーズも過激になったと言われています。
作品のタイトル「L-Isoleucine T-Butyl Ester」は、薬品の名称です。
2020年4月に、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動するアートコレクティブ、MSCHFが「L-Isoleucine T-Butyl Ester」のエディションプリント作品を購入し、一つ一つのドットを正方形に切り離して、合計88個のドットを新たな作品「88 Spots」として販売した際には、わずか38秒で完売しました。
「88 Spots」はそれぞれ1つ480ドルで販売されたため、元の作品の値段である3万485ドル(約350万円)の約10倍もの総価格となったようです。
ダミアン・ハーストのNFTアート「THE CURRENCY」
注目され続けているNFTアート市場には、『ビジネスアーティスト』と呼ばれるハーストももちろんいち早く参加しています。
「THE CURRENCY」(通貨)と名付けられたハーストのNFTプロジェクトは、2016年に発表したスポット・ペインティングのシリーズを元に、ハースト本人が1万枚を全て自身で描き、1枚約20万円で販売するというものです。
まるで通貨を印刷するかのように似通って価値が均一な大量の作品が制作され、NFTとしてブロックチェーン上に証明が残るだけでなく、紙自体の上にも9つもの偽造防止策として非代替品であるという証明が盛り込まれています。
1万枚ある各作品のタイトルは、ハーストの好きな歌の歌詞からAIがランダムに付けたものだそうです。
作品を購入する際には、NFT版かリアル版のいずれかを選択しなければならず、NFT版を選んだ場合にはリアル版は、NFT版を代替不可能な唯一無二の作品とするために廃棄されるそうです。
ハーストらしい、コンセプトとビジネス的視点が感じられる面白いプロジェクトとして多くのアートファンからも注目されています。
2022年3月開催の日本初の大規模個展「ダミアン・ハースト 桜」展
2022年3月2日から、東京・六本木にある国立新美術館にて、日本で初開催となるハーストの大規模個展「ダミアン・ハースト 桜」展が開催されます。
ハーストの最新作である「桜」シリーズから大型の絵画作品が24点展示される予定だそうです。
「桜」シリーズは、19世紀のポスト印象派や20世紀のアクション・ペインティングなど、西洋美術史の美術商式をハーストの視点で解釈して描いた、桜をモチーフとした色鮮やかでダイナミックな風景画です。
<開催概要>
美術展ナビ「イギリス現代アートの旗手、日本初の大規模個展 「ダミアン・ハースト 桜」展 国立新美術館で3月2日開幕」https://artexhibition.jp/topics/news/20220113-AEJ635427/
展覧会名:ダミアン・ハースト 桜
会期:2022年3月2日(水)~5月23日(月)
休館日:毎週火曜日(※ただし5月3日(火・祝)は開館)
開館時間:10:00~18:00※毎週金・土曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)
会場:国立新美術館 企画展示室2E(東京・六本木、東京メトロ日比谷線・都営地下鉄大江戸線「六本木」駅、東京メトロ千代田線「乃木坂」駅下車)
まとめ
哲学的な問いを投げかけるアート作品は比較的物議を醸しやすく、ダミアン・ハーストの作品も、その生々しく力強い表現が人々に大きな衝撃を与え続けてきました。
現代アート作品は、その制作背景・意図を観賞者の捉え方に委ねる傾向がありますが、ハーストが表現するメッセージは生と死など極めて単純で私たち全員が直面するテーマだからこそ、観る者の心に大きなショックを感じさせるのかもしれません。
個人的には、ハーストのNFTアートプロジェクトは、アートファンたちもNFTという新しい概念へのアーリーアダプターたちも、どちらもが価値を感じるものとなっており、彼らしい戦略的な乗り出し方で面白いと感じました。
二次市場にもすでに出品されているそうなので、今後更に価値が上がっていくことが期待されているため、是非ダミアン・ハーストのNFTアートにも引き続き注目していきたいですね。
参考
NEW ART STYLE「死を感じさせるアートが賛否両論。イギリスを代表する現代美術家、ダミアン・ハーストを解説」https://media.and-art.jp/art-studies/conceptual-art/whois_damien_hirst/
Britannica「Damien Hirst」https://www.britannica.com/biography/Damien-Hirst
現代アートの歩き「ダミアン・ハースト」https://www.contemporaryart-walk.com/artist/damien-hirs.html
FAST COMPANY「Damien Hirst’s ‘The Currency’ questions everything you thought you knew about art and money」https://www.fastcompany.com/90657113/damien-hirsts-the-currency-questions-everything-you-thought-you-knew-about-art-and-money
美術手帖「日本初のダミアン・ハースト大規模個展が国立新美術館で開催へ。最新シリーズ「桜」を披露」https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/25085
Artsy Auction Results: Damien Hirst https://www.artsy.net/artist/damien-hirst/auction-results
ドローイング作品では、「スポット・ペインティング」シリーズが特に人気があり、常に高額で落札されています。
大手オークションハウスであるクリスティーズ、サザビーズ、フィリップスなどを中心に、様々な価格帯の作品が大量に出品されています。